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その後 2

②喜寿は長寿?

下駄箱の話のすぐ次の日のことです。
外出先から帰ってくると、事務長に呼び止められました。
「印鑑持って来て下さい。お祝い金が届いてますから」
キョトンとしました。全然見当もつかない。
「私に? 何で? 誰から?」
「××市(住んでいる市)から。今年喜寿でしょう。長寿のお祝い金です」
その時、私の胸に込み上げてきた不快感は何だったのでしょう。
とにかく、印鑑を押し、のし袋に入った数千円のお金を受け取りました。
不快感は、いよいよ増していました。なんだろう。お金をいただいて不愉快というこの感情。
確かに喜寿だということは知っている。歳を取ったなとも感じている。それなら別にありがたく頂けばいいじゃないか。なぜ?

不快の元が「長寿」という言葉から来ているのことに気がつくのには時間がかかりました。
長寿という言葉は、長生きということです。それも普通より随分長く生きた時に使う言葉です。つまり、もう死んでいても不思議はない人が生きているから目出度いってことでしょ?
私は一度も、自分はもう死んでいるはずの歳だなどと考えたことはありません。過敏症が苦しいから死のうと思ったことはあるけれど、もし、そんな理由で死んだら、こんなところに入らなければ、まだずっと生きられたのにと口惜しい思いで逝ったことでしょう。このお祝い金で、自分はそういう歳なのだと無理やり自覚させられてしまいました。

現在日本の平均寿命は83歳(女性は86歳!)。「長寿」はそれ以上生きた人に使う言葉じゃありませんか? 私のおばあちゃんが78歳で亡くなった時、みんなが「そりゃ大往生ですね。めでたいめでたい」と言った時から50年。時代は変わったのに、こんな制度だけ残っているなんて。
そういえば、「老人」という言葉は65歳から使われるとか。それから考えると77歳は確かに随分年寄りに思えます。じゃ、65歳という出発点の方が変なのです。
変でしょ? 変じゃない?

今後、都合の悪いことを聞かれたら、こう言って逃げましょう。
「見えない」「聞こえない」「覚えていない」(確か、藤村俊二さんの言葉です)
いいんですよね? なんてったって「長寿の人」なんだから。
あ、私の場合、それにもう1つ「書けない」も加えるべきかな。

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borobear

Author:borobear
父が婚約者の母に贈ったイギリス製の熊。昔はピカピカに可愛く輝いていたのに、今や薄汚れてボロ熊に。私も老人ホームで薄汚れ。同じボロなら居直って、なりふり構わず踊らにゃそんそんという具合に、仲良く生きています。

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