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伝言ごっこ

ある朝、誰かに「ボロベアさん、Kさんと仲良しなんだって?」と聞かれました。

「ええ。でも2、3度お話しした程度ですよ」

「あら、嘘! この前、手つないで歩いてたって聞いたわよ」

あら、嘘! 驚きました。どうするとそんな話が出てくるんだろう。

Kさんはスラリと背が高く、背筋をピンと伸ばして歩く姿は宝塚の男役のよう。ハキハキ物を言う人です。相性のいい人は、最初の出会いの時にピンと感じるものだとよく言いますが、ちょっとした会話から、お互い相性の良さを感じた後、出会うたび(「すれ違う度」という意味です)に「元気?」「ヘルペスが痛いのよ」「じゃ、いい薬知ってるから教える」程度の会話があっても不思議じゃないでしょう。それが「手をつないで歩く仲」なんだから、もう!

そういえば、私が喜んで聞いていた牢名主の話は、大抵この手の噂話だということに今更のように気が付きました。「こうなんだってさ」が実に多いのです。伝聞です。同じ話の内容が毎日のようにコロコロ変わります。一つのことでも、聞かせてくれた人が違うとどっちが本当か分からなくなる。仕方がないから自分で考え、我が道を別の人に知らせるということで中身が変わっていくのです。

 

「ベアとKが手をつないでいた」は、誰かが私とKさんが親しげに話しているのを見た、から始まって、どんどんエスカレートしていき、最期にああなったのでしょう。

伝言ゲーム。人から人へ次々に耳打ちされてきた話は、最期の人が聞いた時には最初の人の話とまるで違うものになっていた。

これだったのです、よそよそしさの原因は。 話の種にされるのが怖い! だから人のことは話しても、自分のことは話さない。牢名主とサンボママでさえお互いの電話番号も知りません。自分の部屋に人を入れない、別の階の廊下を歩くことさえしません。「どうして5階の人が6階にいるの? 誰の所へ行くんだろう」これだけで、話は出来上がるのです。別にホームが作った規則ではありません。自然発生的にこうなったのです。


私は恐怖を感じました。この食卓の3人も私が話したことを触れまわっているのだろうか。姑は、いつも「私は人の話は他ではしゃべらないから」と気取っているけど、噂話に耳を傾ける熱心さは同じです。

 そこで、私はその信頼度を試す意地悪をしかけました。姑だけに、「私には本当は息子がいるの」と囁いたのです。すると、その晩、お風呂へ入った途端、「泳げば」の人に聞かれました。
「あんた、子供がいるんだって?」

Kさんに廊下ですれ違いざま、「リンゴ食べる?」と聞かれました。「食べる食べる!」

「じゃ、6階のエレベーター前の椅子で待ってて。持って行くから」

リンゴ一つ渡すのに、この気の遣いよう。人にものをあげるのも特別行為なのです。

その3日後、Kさんは忽然とこのホームから消えました。退去したのです。あのときには、もう荷造りも済んでいたでしょうに、一言の「さよなら」も言わずに。 どこへ移るのか人に知られないためには、誰にも話してはならぬ。私も信用のおけない1人の入居者でしかなかったのでしようか。悲し過ぎます。だから、あのリンゴは、無言の「さよなら」だったのだと無理に信じています。


80歳も後半と見える新入居者のおばあさんが、1人エレベーター前に座っています。エレベーターが来ても乗りません。ただ、その細い体を縮めているだけ。

「どなたか待ってらっしゃるの?」

「いえ、誰かお話できそうな人に会えるかと思って」

私は、その隣に座って言いました。

「寂しいですねぇ」
「ええ」と彼女。それから呟くように続けました。「こんな風だと思わなかった……」 
 


  噂話

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borobear

Author:borobear
父が婚約者の母に贈ったイギリス製の熊。昔はピカピカに可愛く輝いていたのに、今や薄汚れてボロ熊に。私も老人ホームで薄汚れ。同じボロなら居直って、なりふり構わず踊らにゃそんそんという具合に、仲良く生きています。

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