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サークル

このホームはクラブ活動に関しては豊かで、フラダンス、カラオケ、太極拳、歌の会、手芸の会、囲碁将棋の会などいろいろあったので、私は片端から一度は参加してみました。

太極拳や体操の会は、お年頃にピタリですから参加者も多いのですが、他は、パラパラと十人程度がやっと。いずれも興味もわかず、一度でやめました。

どうせこんなことだと思った。期待したのがバカだった。

しかし、例外的に心を躍らせて参加したものが実はあったのです。「歌の会」。子供の頃から歌うことが好きでした。でも、マンション暮らしに入って20年以上、声を出したことがない。ここでは、少なくともそれができるでしょう。多分、女学校時代の歌なんかが中心だろうけど、歌えば懐かしい気持ちも湧き、心は弾むだろうとと。

そして、手渡されたのが「今日のプログラム」。なんと一番最初が「明治節」とあります。 え~! なに、これ。 私のおばあちゃんの時代の歌じゃないの?

「あたし、知らないわよ」と隣に囁くと、「え? 知らないの?」と驚愕の声が上がりました。隣の隣も加わって「みんな知ってる歌よ」と呆れ顔がズラリ。他にも軍歌などが並び、みな楽しそうに歌っています。私の知っている歌もあります。でも………「明治節」で折れた心は、元に戻りませんでした。何か違う。集まった顔ぶれも何か違う。これも一度でやめました。

このようにして、友達探しをしているうちに、妙なことに気が付きました。ここでは、食事時以外、ほとんど人と会話をする機会がないということです。食事の後、例の仲間たちのさっと解散する呆気なさ。食卓を離れた途端、縁が切れるのです。サークルの後も同じです。パーッと素早くエレベーターに乗ってみんな消えてしまう。すれ違っても、近所のおばさんと挨拶するのと同じ。

「お買いもの? 行ってらっしゃい」「行ってきます」

ですから、一緒に買い物に出るということなど、まずありません。近くの同じスーパーへ行くと分かっていてもです。下駄箱辺りで顔を合わせると、適当に時間をずらせて、別の道を通って行ったりします。

出かける時の服装も大変。マスクを掛け、目深に帽子をかぶり、サングラスをかけ、これから強盗でもしに行くんじゃないかと思われるほど怪しい格好です。その正体を見破っても親しげに声など掛けてはいけません。「あの人ったら、××さーん、なんて名前呼ぶんだもの、嫌んなっちゃうよ」

私も、買い物に誰かと一緒に行くのは避けたい方だから、スーパー行きの変装については、わからないわけではありません。安物を掘り出しているところなんか誰にも見られたくありませんものね。


でも、このよそよそしさは異常です。
どうして長年一緒に暮らし、慣れ親しんできた人たち同士が、こんななのでしょう。


ongaku 
この人たち、お友達じゃないんです
こんなに楽しそうなのに


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お風呂 愉快と不愉快の混浴

今まで銭湯に行ったことのない私にとって、共同のお風呂に行くのは抵抗がありました。きっと、手拭いで前を隠したりして優雅に入るんだろうな。自分の部屋のお風呂に入ろうか。でも、追い炊き機能がないから給湯費は莫大になるだろう。掃除も大変だし。
で、恐る恐る行きました。前なんか隠す人はいません。脱衣所で、素っ裸で長話をする人さえいます。大体、湯船にタオルを持ち込むのは禁止なのです。
 
 私の選んだ時間は、多くて4人、時には私一人ということもありました。広い湯船(家庭用の湯船と比べれば、の話ですが。カランの数は8個ですから)に身を浸した時の快感。寒さに縮んでいた肌が、一分と経たないうちに全身ピンク色に変わります。これは健康にいいでしょう。思わず「泳ぎたいな」と声に出して言いました。洗い場にいた誰かが「泳げば?」とけしかけます。平泳ぎで4回お湯を掻いたら向こうに着いてしまった。「つまんない」。 
「呆れた。今まで泳ぎたいと言った人はたくさんいたけど、本当に泳いだ人、初めて見たよ」 冷やかな視線でした。そんなからかい半分の挑発に乗ってみせれば、みんなが笑ってくれる。私が今まで生きてきたのは、そういう仲間が集まった世界でした。ここは、相手の意図を推し量って何かをしなければならない所らしい。苦手でした。そういう世界が。面倒くせぇ!
 
会話をお風呂場の中で交わすのは、無理でした。年中誰かがお湯を流しているので、声が聞こえないのです。素っ裸の脱衣所の会議も、やはり裸は裸、よほどのおしゃべりでなければ、ほんの5分程度。とても友達になるほどの付き合いは生まれません。
 
あるとき、二人しかいないお湯から私が上がり、風呂場を出ようとした時、「待ってぇ。私を1人にしないでぇ」と中から叫ぶ人がいました。あ、私ともっと話したいという人がいるのかなと希望を持って振り返れば、「誰もいないと、私が倒れた時困るからぁ」ですと。
お風呂で倒れる人は結構多いらしく、お湯の中で亡くなる人もいます。ヘルパーさんが駆け付けるまで、その亡くなって浮かんだ人を手で払いのけながら、入浴を続けた人がいたそうな。いい度胸です。 尊敬しちゃいます。

そんなわけで、お風呂大好き人間になった私は、毎日通うようになりましたが、ここも入る時間が同じなら、来る人も同じ。他の時間に行くと 「何でこんな時間にあなたがいるの」と睨まれることもあるということで、お友達どころの騒ぎではないことが分かりました。「泳げば?」の彼女と一緒の時間になったことで、お風呂の「大好き」加減が半減してしまったのが、ただ残念でした。

これ 私じゃありませんよ。
念のため
お風呂
 



食卓の選択 2

早めに別の食卓に移ろうと思っていました。ところが、どうやら一度座った席を変えるのは、その連中が気に入らないことを意味するのであり、マズイらしいのです。席は自由、というのは建前でした。揉め事は御免だ。ああ、一回り上とずっと一緒かぁ。
 
しかし、何回か話してみると結構楽しいのです。特に創立以来ここにいるという牢名主は、その名にふさわしく、ここのことは何でも知っていました。それに頭もいい。ユーモアのセンスもある。情報源としては最高の人のようです。サンボのママ(色が黒くて目がクリクリした大女)も同じ時期の入居者で二人は仲良しです。二人でまあ、話すわ話すわ。誰それさんががこう言った、入院した、糖尿になった、介護室に入った、バカになった! 牢名主の声は大きいので、すぐ近くのテーブルにいる「標的」には筒抜けです。さすがの私も抗議しました。「そんなこと言って! 聞こえたら悪いじゃない」返ってきた答えはこうでした。「いいんだよ。バカなんだからわかりゃしないよ」 
この調子で話すので、乗りやすい私はゲラゲラ笑い、一緒になって「ハエ取り紙」の悪口を面白おかしくしゃべってしまうのに、一週間とかかりませんでした。みんなは笑い転げ、隣近所からは「あの人達はうるさすぎる」と苦情が事務所に持ち込まれたそうです。でも、私たちは堂々とおしゃべりを続けました。一日ほんのわずかの貴重な憩いの時です。むっつりご飯を食べて、なんになりましょう。「あんたの話は、下手な落語家より面白いよ」と褒められ、通りすがりの誰かが私に「どう?少し馴染みました?」と聞いたのに対して、サンボママが「この人はね、入った時から馴染んでんだよ」と言った時には、どうやら、この食卓には認知されたようだと喜んだものでした。
 
隣の姑は今までの同僚と私が仲良くなって行く様をみているうちに、少し控え目になり、私が妙なことをしても「何をしても自由だから」などと尤もらしく言うようになりましたが、それでも、時には溜まったマグマの噴火が必要らしく、おかしな文句をつけます。
みんながまだ長袖の時期に、私が半袖のセーターを着て行ったときです。
「あなた、何でそんな恰好してるの」 「今日は気温29度になるって聞いたから」
「それは昼間のことでしょう。今は朝よ」
29度になるまで温度計を睨んでいて、それから半袖を着るのかい! 私もキレます。
「私は朝からこれでいいから着てんの!」
「ま、そう。自由だからね」
 
今まで朝食抜きで過ごし、家で笑ったことさえない私にとって、この朝食時の団らんは、どんな薬よりも私を元気にしました。夜の間に溜まった空気の悪さで青ざめた顔色は赤くなり、その日一日を生きるエネルギーを与えてくれました。ありがたいことです。
しかし、彼女たちが、私の求めている「お友達」ではないことも確かでした。本や、映画などの話がしたい。社会の文化と繋がった話がしたい。この食卓では、そういう話はありません。せいぜい消費税の値上げの話ぐらい。もっと広く探さなければ駄目なんだ。あと、人が集う所と言ったら………お風呂?

ジジババ食卓 
男は黙って 女はさえずりながら
朝食を食う




食卓の選択 1

食堂に入った時、私の勇ましい格好を見ても、特に何か反応が起こったようには見えませんでした。でも、朝食のお盆を持ってウロウロ席を探している間に、ひそやかに何かは起こっていたのです。ヒソヒソ、コソコソ。好奇の目。反感の目。

 

食堂は、一度に70人程度入れる大きさです。でも、全員が一度に会するわけではありません。オープンと同時に入る第一組が一番多く、それから順次好きな時に誰かがやって来て、空いた席に座るという具合になっています。どこの席に座ってもいいのです。

テーブルは向かい合わせに8人が座れる細長い席でした。新入居者の私が空いた席を探しているのを見ても、食堂のヘルパーさん達は知らん顔。昨日の引っ越し時に、「こういう所なんだ」と諦めていたので、もう何も期待していません。

 

やっと8人掛けの一番隅が空いていたので、周囲の了承を得て座りました。8人掛けと言っても、結局真ん中で分かれ、4人ずつが固まる格好になります。我がご近所となる3人の様子を眺めて名前を付けました。向かい・牢名主。その隣・ちびくろサンボのママ。お隣、姑。 どうして? と聞かないでください。何となくそれらしき風貌だったという他ありません。


いきなり飛んできた質問は「何年(なにどし)生まれ?」でした。私が答えると、牢名主が「じゃ、私らより一回りも若いんだ」という。私はゲッとなりました。これは大変な所に座ってしまった。何の話をしたらいいのだろう。うっかり冗談なんか言ったら張り倒されそうだ。みんな歳よりずっと若く見えて元気そうだもの。

 

さっきから、ジロジロ私の髪を眺めいた隣の姑が聞きました。

「あなた、髪の毛梳かして来たの?」

ほら来た。

「梳かしたわよ。だけど、私のはこういうヘアスタイルなの。じゃ、明日は念入りに梳かしてきますよ。あまり変わらないと思うけどね」

次の日、何もせずに行きました。

「どう? 変わらないでしょ」

「そんなことないわよ。やっぱりきちんと見えるわよ」

 



朝食 

これに、巨人のハナクソ程度の野菜炒めと果物が朝食の定番
果物はいつもバナナ3分の1
バナナって野菜じゃないの?


友達百人できるかな

私は元来人付き合いを嫌う方でしたから、1人暮らしは快適でした。亭主にも子供にも誰にも束縛されず、好き勝手に時間を過ごせる。でも、70歳を過ぎて仕事から遠ざかって家にいる時間が多くなると、なんとなく、これではいかんと思うようになってきました。一日に一度も誰とも顔も合わさず、一言も口を利かない生活なんて不自然だ。きっと早く歳を取っていくだろう。早くボケでしまうだろう。
「看取り」を目的に老人ホームに入った私でしたが、別の期待もあったのです。「友達を作ろう」。平均80歳を超えた百数十人の女性たち(男性は20人ぐらいです)。いくら私が変人でも、いくら相手が私よりずっと年上でも、一人や二人は気の合う人がいて、一緒にしゃべったり笑ったりする時間が持てるだろうと。できるでしょうか。できるはずです。百人以上だもの。

私は何事でもはっきりものを言う方で、嘘を言うのが得意ではありません。たとえば、「今日は暖かいですね」と声を掛けられると、一瞬考えます。そうかしら、いや………。返事はこうなります。「え? 寒くありません?」 場がしらけます。自分でも思うんです。単なる挨拶でしょ。「そうですね」となぜ言えないの。でも、なぜかそういう受け答えになってしまうのです。
着たいものを着る。言いたいことをはっきり言う。思いついたことをすぐ実行してみる。勿論、これらが周囲にとって明らかな迷惑行為であると「私が」判断すればやりません。人に迷惑をかけるというのも、私の最高に嫌うことですから。

私はこんな人ですよと「予め」みんなに知ってもらわなければ、そういう友人を探すことはできないと私はいつも考えていました。自分の真の姿を必要以上に強調してさらけ出し、それでもいいと近寄ってくれた人となら友人になれるでしょう。また、それは今後生活をしていく上で、自分自身を貫く姿勢を持ち続けるためにも必要な儀式でした。
それは第一日目のデビューで始めなければなりません。

それは朝食時でした。どこか別のホームで、朝食時からドレスを着、ネックレスを付けた人が集まる食卓を以前見ていたので、その正反対を狙いました。
時は5月半ばです。
私の格好。長袖のブラウスに7分丈のジーンズのタイツ。ゴム草履に素足。髪はパーマのかけたてで、カールが渦巻いていました。
エレベーターのおばさま(おばあさま)の目が集中しました。みなさん、ごく普通のセーター姿です。特におしゃれを気取っている人はなさそう。が、私を見る目は複雑でした。私はニコニコして言いました。
「アハハ、海へ行くような感じになっちゃってすみません」



カラスの団体 

カラスの団体?のお花見
中に何組の友達がいるのかなぁ                            

いざ、入居!

平成23年5月、私は正式に入居しました。その日はカレンダーに「仏滅」とあり、ちなみに滅多に見ない占いの本を見れば、ホームは私にとって「暗剣殺」であり、「絶対にその方角への引っ越しは避けてください」と書かれていましたが、気にしませんでした。占いなんて、ねぇ?

運び込まれた大量の段ボールを眺めながら、私はペタンと床に座って溜息をつきました。このところの慣れない肉体労働で、肩も腰もギシギシいうくらい痛んでいました。「全部お任せ」の引っ越しができればよかったのですが、持って行くものと残すものとの選別をしなければならなかったので、梱包・箱詰めは1人でする他なかったのです。
引越し屋さんは家具の設置だけをやって、「はい、お終い!」と言ってさっさと帰ってしまいました。お終いどころか、私には梱包を解くという大仕事の始まりです。

そこへドヤドヤと4,5人のホームの人が「ご挨拶」に入ってきました。「ハエ取り紙」も一緒でした。家の中は段ボールだらけで、椅子は二つしかありません。だからみんな立ったままです。顔なんか段ボールに隠れて見えない人さえいます。そこで自己紹介と、このホームのきまりなどを書いたパンフレットの贈呈と説明が手早くなされました。いずれもその係の責任者だったようですが、今でもあれは誰だったのか思い出せません。「はあ、はあ」と真面目な様子で不真面目に聞いているうちに、それは終わりました。そして、全員サッと引き揚げていきました。「ハエ取り紙」もその後について消えました。今回は一言もなし。あのおしゃべりが。

段ボールの山を見た、その中の1人からでも「お手伝いしましょうか」の言葉があったら、私の第一印象は随分違っていたでしょう。ああ、ここはこういう所だったのか。「自立」扱いとはいえ、この部屋の様子を見れば、誰であろうと、ちょっと手を貸そうかという気になるんじゃないだろうか。それなのに………。ここに求めた温もりという一番大切なものが、全く感じられない。
さらに、運んできた洗濯機の排水パイプがここのと型が合わないので、換えて下さいと副ホーム長にすぐ頼んだのに、それが届いたのは10日後でした。それも他の職員に催促してやっと手に入ったのです。洗濯は毎日するものです。それを副ホーム長は………忘れた? 聞いていなかった? 

第一日目から感じた失望感がこれ以上広がらないように祈りましょう。
誰に? 私は神も悪魔も信じていないので、祈りは行き場がなくウロウロし、結局あて先不明で届かないのではないでしょうか。


飛翔! 
思い切って飛びたちました。
行く手に待っているものが不安です。

プロフィール

borobear

Author:borobear
父が婚約者の母に贈ったイギリス製の熊。昔はピカピカに可愛く輝いていたのに、今や薄汚れてボロ熊に。私も老人ホームで薄汚れ。同じボロなら居直って、なりふり構わず踊らにゃそんそんという具合に、仲良く生きています。

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