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凄い家族

さっき放電を受けるはずだったのに、そこに来た「神様」が、ついに一発も打てずに帰ってしまいました。
その後は、急に辺りは静になり、Sの一家だけが残りました。ついでに何を思ったのか、その家族が家の前の庭園に現れて、私と視線を交わし、お互いのどかな一瞬を持ちました。あんなにいい家族が、あんなかわいい子供たちが、「私に向かって「殺せ! 死ね!」と叫んでいたことが思い出され、胸が痛くなりました。

どういう一族か知らないけれど、不幸な運命を背負っているのだろうと気の毒でたまりません。
きっとお隣同士であったなら、仲良しになれたでしょうに。

まだ、この家族との闘いが残っていると思うと、うんざりします。壮大な夢と考えて忘れようと思っていたけれど、まだ忘れてはいけない仕事が残ってる。人の運命を狂わせて、あんなに平然としている人達ってなんだろう。
知らないうちに、パスポートを盗んだり、堂々と私のことを「女房」にしたり、やりたい放題をやってる「幸せじゃない」家族と戦わなければなりません。

それは別のブログで落ち着いてから書きます。
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今の私



今どういう状況かお話ししましょう。私は昨日から、毎朝死んだようになって目が覚めました。このところ宗教団体の勧誘が激しくなり、ベッドの揺れ、ベッドの通電によって、体はフラフラになり、立っているのも揺れる身体に逆らって、万有引力にも逆らって、新しい論文でも書こうかと思ったほどの元気も一緒になり、自分自身も何をしているのかわからないほど、異様なエネルギーが体に湧いてきました。
でも頭の中は相当おかしくなっているのは、この文を見ればお分かりでしょ?

これを書こうと思った時、とても無理だと思った通り、細かいことまで書ける体力がありません。
ただ一つだけ、言っておきたいことがあるんです。神様たちが戦争するってこがあるということを。
私は二つの神様の間で、戦争に巻き込まれました。今頭がグジャグジャになっているのもそのためです。
二つの神様の対立は、凄いものでした。入信しないと子供殺す、家族を殺す、地獄へ行くぞと脅される。
放電しようというのもありましたね。放電って何だか知らないでしょ。私も知りません。え、何で?
脅しは受けても一発も電気の球?(知らないって言ったでしょ? って言ってるよ、言ってるって言ってるのよ。)
何でも本当は、何処から発射された電気の球が飛んできて、人に当たると木っ端みじんになってことでした。
珍しもの好きな私は、どんな風になるのか楽しみ半分でそれを迎えることにしました。どうせもうすぐ死ぬ身なんだから、いいじゃないか。アッという間に死ねるなんて、こんないい死に方あります?
でも、私は不運だったのか幸運だったのか知らないけれど、未だにお目にかかっていません、その珠に。(光だよ、って教えてくれた人がいます。死ぬ前に訂正してもらって私のイメージも変わりました。)見たかった。今「放電する」っていう声が聞こえているから、見られるのかもね。

もっと面白いことがいっぱいあるけど、「放電」とやらが来そうだから、ここでひとまず切り上げましょう。
こうご期待。

どうやら私の負けです(続き)

でも私は濡れ衣を着せられたまま殺されました。
警察が必要です。前に県警に知らせてあるから、茅ヶ崎署に書類が回っているはずです。警察を呼ぶこと、それが一番大事です。何もしないで「事故死」とか「病死」とかにしないでくださいよね。最後ぐらい親身になってください。さもないと、あなたを殺すよ~。怖いでしょ。

理解できませんか? でしょうね。あなたは面倒くさいことは一切やらない主義です。カボチャ頭の支配人も同じ。いいコンビだ。ここに入った人は幸せになれない。あんたは社長を辞めたいと言った。早く辞めなさい。でも替わる人がいないというのはわかります。お気の毒です。グズグズしてると、入居者達も気が付きますよ。あの社長じゃダメだ。もう言ってる人が結構います。

では、さようなら。厄介者が死んで、さぞホッとしたでしょう。娘と妹のことは、前に頼んだ通り、必ず守ってくださいよ。
万一のことがあったら、あなたを殺す。もう私は霊ですからね。何だってできるんです。私の死を望んでいた奴らは、これ読んで必死になり「妹が死んだ」「娘が死んだ」と大騒ぎ。彼らは、神からも見放され、死ぬ死ぬと言っても死ねない輩かもしれません。永久に死ねないって不幸じゃない?
理解不能なことは、私の頭のせいにして、黙って見過ごす社長様に  喝!

――――――――――――

と言うわけです。これから部屋を片付けて、「死」が来るのを待ちましょう。こんな遺書を書いても、私はまだまだ頑張るつもり。でも、胸が痛い。心じゃなくて本当の心臓が痛い。私の心臓はお医者さんお墨付きの強い心臓だったのに。もっと長生きできたのに。悔しい。人に強制的に死なせられるのは不愉快だ。生きよう生きよう、まだ準備ができてない。
私の心臓が丈夫だったの知ってた? 
みんな笑うよ。知ってさ。あなたのやってる事見れば、一目瞭然。
そういう心臓の話じゃないんだけどねぇ。

心臓が、私自身のように頑固なら、まだ少し生きられるかもしれない。その間、私は彼らを滅ぼす準備をできるだけします。
これでお別れかもしれないので、先に一言お礼を言います。私を応援してくれた顔も知らない人達、感謝してます。あなた達のお蔭で命が伸びたのかもしれません。ありがとう。他の人が助けを求めてきたら、面倒見てあげてね。

どうやら私の負けです


殺し屋にはやられなかったけど、「ボロベアさんが欲しい」「妹が死んだ」「娘が死んだ」の大合唱に、ついに私の丈夫な心臓が負けるのは時間の問題になりました。無実の罪で死刑になるようで、悔しいから社長あてに嫌味の遺書を書いてます。これは必ず残して置きます。一味の奴らが、ここに入り込んでいるので、キッチリ予め渡しておきます。
時間が惜しいので、ここでその社長宛ての手紙を、皆さんにも読んで欲しいと思い、披露します。
(もう! いつからword文書が移せなくなったの。仕方がないから書きますよ。もう一度)
こんなことやってる暇ないんですよ。まだ用意ができてない。

社長様への手紙

あなたが何もしないので、私はついに殺されました。
犯人グループの一人は、ここに勤める「村上テツ子」(テツ子の漢字は知りません。)
せめてもの供養に、彼女を解雇してください。あんな人殺しが周りにをウロウロしてるのは怖いです。絶対の存在、彼女の兄が命令すれば、何でもやります。
その兄は、彼らのグループのアタマで、本当の指導者です。
彼が殺せと言えば、彼女はその命令に従うしかない。すっかり洗脳されているのです。
一族は、故川村の仲間で、もしかすると川村さんも殺したかも知れないと思っています。今叫んでいるように、「ボロベアさんが欲しいから」。本当自分が欲しいのに、それを前に死んだシンジという男の名を出し、彼と心中した私だけが生き残った復讐をするのだと言ってます。
私はシンジを知りません。シンジが死んだのは、私がここに来るずっと前(そういうことは、ズルいから、はっきり言わないのです)、私が来る前です。それでも彼らは主張を曲げない。どうしても私が欲しい。傍に置いていじめるのでしょう。彼らはDV仲間だから。

(スペースがないので、「次回に続く」にします)

ふざけた野郎たち

昨夜の殺人予告の結果。
現在午前3時40分。来ないと思ったけど、一応用心して、トイレの床で寝てました。そこで寝るのにはもう馴れていたので、グウグウ寝てた。そうしたら、「ワオッ!」と大きな犬みたいな声がして、「ボロベアさんが死んだ!」という声が上がりました。それで目を覚ましたわけだけど、期待してたのに家にも入って来ないって失礼じゃない。私の手に何があるかというと、殺虫剤の缶。内鍵だけ掛け、鍵はあえて外してあった。彼が最初にすることはドアを少しだけ開け、その隙間から顔を出すと思ったから。トイレに寝たのも実は怖いからではなく、、殺虫剤を顔に吹き付けるためです。残念でした。こういうのは「おふざけ」とも言えない、単なる子供のお遊びね。今「童謡」を歌いまくって勝ち鬨のかわりにしてるので、私、少し動揺。本当に頭は確かか気になって。何とかに刃物。台所の包丁を隠しておいてよかった……あ、入っても来なかったんだっけ。
実に下らん、洒落にもならない結果でした。やっぱり被害者が「キャッ!!」と悲鳴を上げるぐらいはしなくっちゃ。警察に知らせてなくてよかったわ。
当然、ブログにも載せるに恥じる出来事(眠くて言葉が浮かばない)だったけど、前に書いちゃったから、一応結果報告は必要かなと思って書きました。お粗末の程度も最下位ランクの出来事でした。済みません。つまんないブログで。もうちょっと面白いはずだったのに 畜生!

最後に、本当に怖い人間たちの話

今日のブログを書いたあと、恐ろしい殺人予告を受け取りました。手紙でも電話でもありません。彼らのよく使う「電信」という電波通信の様なものでしょう。音は空中を飛び、相手には声となって伝わります。
女性は、ここにヘルパー(だと思う)T.村上という女。その女と家族が一塊になって私を憎み、私も、妹も、娘も全員殺すと言ってきました。その原因というのが振るっています。

私がここに来る数年以上前に死んだシンジという男が、T.村上と恋仲、あるいは夫婦でありながら、私に恋をし、心中しようとしたとしたところ、どうやら私が生き残ってしまったようです。今日、ブログを書いてアップした直後、ブログの中に、親父(ブログでは「男」、つまりレコーダーの主です。)について書いたことが気に入らないと文句を言ってきました。その後もシンジを殺したのはお前だと何度も言うので、私はシンジの顔さえ見ていない。ましてやそんな男に恋などするわけがないと言い放ちました。自慢じゃないけど、私は恋らしい恋をしたことがありません。ましてや心中などとんでもない。逃げますよ。そういう時の私の走りは早いですからね。誰も追いつけません。

ここへ来て一年半しか経っていない私が、どうやってそんな短期間に恋に落ち、心中することになるんでしょう。ありえない話です。そもそもシンジが死んだのは、数年前のことだというじゃないですか。そんな私に向かって「私のシンジ」を取ったとイチャモンを付けるなんて、どういう性格なんだ。それも家族揃って。羨ましい家族ですね。全員心を一つにして殺人を犯すなんて。

この文章に「らしい」とか、「ようだ」とか曖昧表現が多いのは、向こうがちゃんと話をしないからです。一度、わかってくれたと思っていたら、どんでん返しでいきなり「死刑!」。それも、私を「処刑」したところ、その後うちの家族を根絶やしにするという徹底ぶり。異常ですよ。
こう言うきわどい話は、ブログが穢れるようで書きたくなかったけど、「今夜」私のベッドに通電して殺すといっているのだから、明日じゃ書けません。ずっとベッドを揺らし続けたのも、このせいだったのかな。

私にはとてもマトモな人間たちには思えません。思えますか? 思える人は手を上げて。
今、その「電信」により「娘を殺してきた」と言っています。凄い人間です。東京の果てまで行って、もう帰って来ているなんて。人間どころかスーパーマンだったんだ! それに、殺しに行くのはケンジ村上だとご丁寧に教えてくれました。娘をかばってるんでしょうね。やっぱり、娘は可愛いんだ。でも、娘の方は、「この親にしてこの娘あり」って感じですよ。ヒステリー。
では、みなさん、せっかくのブログが面白くなるところだったのに止めなきゃなりません。
今「××さんが死んじゃった。死んじゃった。ボロベアさんも死んじゃった」と合唱を兄妹でやってます。

一つの命が終わるとき、何が起こるか観てみましょう。私は新しい経験が大好きだから、結構満足だったりして。

こわ~い話 5

そのテープを聞いた後、いろいろな妨害が起こり始めました。ベッドの振動はどんどん強くなり、とても寝ているどころじゃありません。ベッドから飛び出して、床のあちこちに寝てみます。どこも振動があるけど、ベッドよりはましなところもあるのです。
そこへ転がり、そこがダメなら別の場所に転がり、最後はトイレと洗面所の間の小さなビニール床に、これも小さい布団を敷いて寝るようになりました。友人たちには、私の辛さはわかりません。「ええ? トイレに寝てるの? やめなさいよ、そんなの。風邪ひくよ」「ひいてもいいの」「またそんな強がり言う。歳考えなさいよ。肺炎になるよ」「なってもいいよ。ベッドに寝たら死ぬもん」「?」「ベッドが揺れるの。震度2ぐらいで揺れるのよ」「私、この前の地震の時寝てたわよ」 駄目だこりゃ。早々に話を切り上げます。「気のせいよ」「考えすぎ!」「心療内科に行けば?」一番多いのは最後の言葉。特にムッとなるのは、ここの支配人が全くこういう事態を受け入れられない人なこと。何を相談しても、憐れむように私を見て「は~、おかしなことですねぇ。なんでかな」と言う。前のストーカーの時、さんざん無視されてカッとなり、「このカボチャ頭!(ピーマンというのが正しい)」と私が怒鳴ったことから、今では私の顔を見ると、サッと机の下に潜るほど嫌われてます。そのムードがフロントまで広がり、「相手にするな」とのお触れが出ているのではないかと疑うほどです。妙に優しくなる人、目をそらす人、などなど。

ベッドへの攻撃は振動ばかりじゃありません。前にも書いたように, 人声や音などが聞こえてきます。それが多くなりました。特に人声が。ベッドの下の、さらに下の床下に何かが仕掛けてあるのだろうと思っていましたが、あのテープの中に、まことしやかに書かれた場所は、ベッドの近くの壁に垂直に立った柱の下か、台所のシンクの下の17番梁の下にある」と言っているので間違いだったのかと気が付きました。でもね、聞こえてくるのは大抵ベッドの下が多いのです、やっぱり。この前なんか、ベッドの下から中国語の女の歌が聞えてきて、思わず起き出し、ベッドの下を覗いてみたりしたほどでしたよ。人に聞くと一階の床下は泥だけで何も入り込めないということだから、やっぱりテープが正しいのか、テープにミスリードされているのか、未だに解りません。
とにかく床下(私は頑固なんです。徹底的に真相が分かるまで、自説にこだわります)の声は、前ストーカーが亡くなった時には若い男の声で「これからも眠らせないよ!」、とか「また来るよ」であり、時には「ね、頭は北側にあるでしょ」という変な発言をする女だったり、嫌らしい声で「奥さん、奥さん」というのもありました。私は奥さんじゃないから返事はしませんよ。奥さんだったとしたら、もっとしないわけだけど。

四六時中走って逃げているような生活。睡眠がほとんど取れない生活。それは、私の心も体も蝕み続け、ついには食欲が全くなくなりました。昔から食いしん坊で、「私が何も食べなくなったら、それは死ぬ時よ」と言い、熱が40度近くあっても、コンビニのおにぎりを3,4個枕元に置いて食べていた人が………何も食べたくない。外食ならいいかとおいしいものを頭において出かけても、クインドウにそれを見た途端、もうダメ。本当に死ぬ時なのかな。

こわ~い話 4

レコーダーが回っているのに気が付いたのは、メールを書いたり、社長への報告を書いたりした後でした。おや、こんなものが。すぐに再生してみました。以前ストーカーの部屋の音が録音されたことで、今度はその後をもっと悪質な男がを引継いだことを知っていましたから、そちらの様子を探るために時々掛けていたのです。でも、私のテープが回ると向こうの部屋でピピピッと音が入り、気が付くようになっていることを知りませんでした。だから、彼は、それを私に聞かせるための話を作って、それもパソコンのキーを叩く音が大きく響き、打ちながら呟く声が聞こえにくいようにして仕事を始めたのでしょう。

大音響の太鼓の音、読経の声をバックに男の声が入ります。冒頭はこんな具合でした。「シンジ、シンジ 済まない。気持ちが変わった。もう娘と妹を殺してくれてしまったのか。」さっきの廊下を走った声が蘇りました。正確にはここまでです。その後、大変な内容だったので、後でゆっくり聞こうと思って一度切ったら、その部分は消えて、何処にも見つからなくなりました。この男に関しては奇妙なことが起こるのに慣れていたのですが、これは不思議といえば不思議です。私がレコーダーの扱いを間違って、消してしまったのでしょうか。
一度聞いた内容は、こんな具合でした。「(大意)もしまだならやめてくれ。テル子に関してはすぐ社長に言い付けたり、顔を合わせてもプイとそっぽを向いたりする奴だ。息子にも死なれ、可愛がった猫にも死なれ、娘にも会えず―――だから殺してやろう」
すると、そこへ誰かが入ってきます。男は立ち上がり、いとも朗らかにこう言いました。「どれ、始めるぞ」

何を始めたのでしょう。私宛の文章を声を出しながらパソコンで打ち始めたのです。雑音で聞き取りにくくし、私を苛立たせ、後に証拠が残らないように細工をしたものを。拾い聞きしたことをかいつまんで箇条書きにします。

シンジという友人の死に何かトラウマを持っているらしいこと
自分は地獄に落ちる運命であると思っていること
一人で行くのは嫌なので、あなたを連れて行く。
「命、大丈夫ですか?」(命をもらうことOKですか)  注。「大丈夫」は年配だと「人を気遣う言葉」です。これは違う。
妹がこのホームで働いていること           
何度か会いに行ったけど会えなかったこと
娘と妹の命を「玩具のように」扱ったことを「膝を折ってお詫びします」と言う言葉もありましたっけ。玩具のようにと言う言葉は、私が社長あてに、人の命を玩具のように扱うなんて赦せません!と書いたものから採ったのです。彼にはパソコンの画面も見えるのです。

最後の方は泣きながら、鼻水をすすりながらの迫真の演技でした。本当に演技だとすればですが。本当の気持ちがどうだったのかは、計りかねます。でも「大事な大事なあなた」のベッドの揺れが大きくなり、私の苦しみが耐えられないものになって行ったのは確かです。大事な人を苦しめて喜ぶ男、サディスト・DV男になってしまうのですが?

私を騙そうとする言葉は最初にあったのです。
  「さて、始めるぞ」
こうして芝居の幕は上がりました。お人よしの私に、好感度を植え付けるために。

ちなみに、この録音は大事に残してあります。原稿にもなっています。
                                                           
                     

こわ~い話 3

娘の手紙は本物ではないと思いました。手書きの手紙だったのですが、筆跡が全然違います。娘の筆跡はチマチマ小さくて、読みやすい字です。とても上手とは言えないけれど、それは親に似たからで仕方がありません。手紙はそれ以上に下手で、読みにくい字でした。目が覚めてから、偽物だと気づいたけれど、ゾッとしたのはスーツケースの中に「きれいな」箱に入れたカードたちの存在をなぜ知っているかです。ケースの鍵も掛かっていました。ドアの鍵も掛かっていました。中を透視したのでしょうか。そんな馬鹿な。(当時の私は、ある種の人間が、その手の力を持っていることを知りませんでした。)部屋に入ったのだ。鍵も開けたのだ。
箱の中身を全部出し、別の箱に移し替えながら、カードを拾い読みしていきました。夢の前には、全部お棺に入れて焼こうと思っていたのだけど、たとえ夢でも「返して」と言われると、返さなけりゃいけないような気持ちになるものです。そうだ、あの手紙だけもらって後は残そうと一つの手紙を探しました。それは私がアメリカへ日本語教師として発つときに、「飛行機に乗ってから読んでね」という言葉と共に渡されたものです。言われた通り、乗ってすぐ読みました。目に涙が滲み、転がり落ちました。辺り構わず涙は転がる。隣の席の人がそっと見てるのも構わず、私は泣きました。そこには私への想いが詰まった文字が並んでいたのです。私たちの疎遠になっている状態を元に戻したかった。「でもあまりに遠くなりすぎて、どうしていいかわかりませんでした」そして最後の方に、「私はママが大好きです」という文字が(正確ではないけれど)書かれていました。これを早く見せてくれたらアメリカなんかに行かなかったのに。素直になれない母娘でした。双方で突っ張って。その手紙だけがなぜでしょう、見つからないのです。それに、と突然思い出しました。今朝の夢に出てきた手紙。そこにそっくりのフレーズがあったではありませんか。「あなたが大好きだということは嘘ではありません」鍵は開けられていたのです。かなり前から、テープレコーダーがなくなり、また出てきたときには、壊れて録音できなくなっていたり、中身が消されていたり、もう「誰か」が勝手に部屋を見たり、いじったりしていることは間違いないように思われました。大事な手紙は盗まれたのでしょう。

そして、その夜、真夜中に「死亡!葉子・晶子さま!」と言って廊下を走り抜けた女がいました。いえ、走ったかどうかはわかりません。今となれば、音だけを走らせたのかもしれないのです。これには、私は仰天しました。連絡がつかなくなっている娘の安否をどうして掴もう。思い切って電話しました。奇跡のようにつながりました。「葉子ちゃんよね?葉子ちゃんよね?」沈黙。「今変な女が廊下であなたが死んだって言ったから………」「そういう電話の方が怖いんだけどね」つっけんどんな返事でしたが、向こうも私の様子がただならぬことを感じたのでしょう。「手紙なんか書いてない。誰にも託したこともない」という返事をもらって私は涙声になって「よかった。よかった」と繰り返しながら電話を切りました。妹の安否はメールで確認。

それにしても、と私は熱い怒りとともに思います。私の痛手を大きくするために、予め娘の手紙を読ませておくなど、なんと卑劣な行為だろう。あの手紙がなかったら、通り一遍の嫌がらせ。でもこれは違う。悪意に満ちた計画的な陰謀だ。私の心をもてあそび、打撃を与えてほくそ笑む奴ら。
このことがあってから、私はすべてに警戒感を持って臨むようになりました。内部に協力者が、それもかなりの人数がいることもわかってきました。誰も信頼できず、部屋にこもる日が多くなりました。
さて、この事件が起こっている間に、たまたま回っていたレコーダーが捉えた音は何だったでしょう。壮大な陰謀の始まりでした。

こわ~い話 2

ストーカーが死んで、その部屋の片づけが始まりました。実は、実に実に偶然なことから、それも彼の死の3日前から、私が部屋でレコーダーを掛けっぱなしにすると、何と遠く離れた彼の部屋の音が入ることがわかりました。廊下に出ればもう廊下の音しか聞こえない。でも、それは確かに彼の部屋の音でした。だって、前の日から始まった彼特有の咳が聞こえたから。そうか、仕組みはわからないけど、彼と私の部屋は何らかのラインでつながっているんだろう。「癖になりそう」なんて笑いながらレコーダーを時々回して放っておいたりしました。

やっぱりどこかの部屋に深夜怖い声を送る装置があったのです。彼の部屋の片づけのとき、引っ越し屋さんの、うんと若い少女みたいな子が話してくれました。「ねぇ、この部屋に機械なかった? ラジオみたいなもんだと思うけど」 少女は目を剥くようにして言いました。「あった、あった。いっぱい。」そして、両手を段ボール箱の大きさに広げ、「コードがこ~んな箱いっぱいあった。何してたんだろうね。(頭をツンツンと指で叩き)ここがよっぽどよかったんだね」。コードの長さと頭の良さが果たして比例するものかどうか考えたけど、何となく納得して頷いてしまった。確かに何かが敷かれているのだ。この後それはどうなるのだろう。全部取り払ってくれるかしら。
その夜、私の部屋の床下で、ガリガリという音がして、何かが撤去されたように思いました。

ところが、それから始まったのです。ベッドが揺れ、眠れない。そのボンヤリした半覚醒状態で、いろんな言葉が聞こえてくるんです。さっき診療室で医者に言ったこと。彼は良いドクターでした。私の独特の病気(化学物質過敏症・低周波音障害)で大抵の薬が飲めないことを知って、それでも眠れないのはいけないと、何種類もの薬を試してくれていました。自殺を恐れたのでしょう。たった5日分。私はその日、先生に言ったのです。「私は大丈夫ですよ。免許の更新をしようとか、パスポートの更新しようとか思ったりするんですから」

その夜、夜中に数人の男女が話している声を聞きました。一人の男が苦笑しなから言いました。「何で車なんかに乗るんだ」。次の診察時、私が机の下やら、その周辺を見回したのは言うまでもありません。盗聴器があるんじゃないかしら。
やがて、夢はどんどん膨らみ、ある夜、半覚醒状態で長い娘の手紙を読まされました。無理にというのではなく目の前にあると読まざるを得ないのです。文字ばかりで読み上げがない。私は夢中で文字を追いました。早く読まないと消えてしまう。こんな具合の手紙でした。「あなたは死なないでください。私が死にます。でも、その前に、私が今まで送ったカードや手紙をきれいな箱に入れて返してください。あれには大きな嘘と小さな嘘が沢山書いてあるのです。返してくれなければ死ねません。でも、これだけは嘘ではありません。あなたが好きでした。大好きでした。箱を……」
目覚めた時の私の気持ち、揺れました。ちょっとした行き違いが重なって、疎遠になっている母子。涙がこぼれました。それとは別に恐怖もありました。私は自分が死んだ後に残すもの(他人には無価値。でも我が家の大事な記念品が入っています)。それをスーツケースに入れて鍵をかけ、娘が来たら渡してくれとホームに頼んであるのです。その中に娘の手紙は入っていました。きれいな箱にリボンを付けて。

老人ホームの怖~い話 1

皆さま、その後お元気でいらっしゃいますか。でしょうね。皆さま、お幸せそうでしたもの。はっきり言うと、私はお元気でも、お幸せでもありません。また化学物質過敏症の話だろうと思った人は「ハズレ!」 それどころじゃないんです。「今すぐにでも殺される!」危険に曝されていのです。

ある日、お化けも眠る丑三つ時、ドアのベルが高らかに鳴らされました。何事かと飛び起きて、真っ暗な部屋の中、椅子だの机だのの障害物を乗り越えてドアを開けて廊下を見れど、誰も見えず。いたずらか! 舌打ちしてベッドに戻りました。次の日もまたベル。さらに次の日。この時はベッドに入ってすぐだったので、ドアに着くのが早かった。サッと開けると、大柄な男の背が、階段の明かりの中に一瞬浮かび上がって消えました。女を見ればすぐに声をかけることで有名な男でした。いたずらでしょうが悪質です。ドアに「ベルを鳴らさないでください」と貼り紙に書いて寝ました。f次の日、男はベルを鳴らしたと思いますか。いいえ、彼はちゃんと貼り紙に書いた禁止条項を守って、ドアをこんこんと叩いて行ったのです。貼り紙に、「ドアも叩かないでください」が入りました。それは直ぐ「おはようございます」(午前3時)になり、「声も掛けないでください」の文字を増やしました。じゃ、彼はどうした?彼は反対側の庭に面したガラス窓をドンドン!と叩いて消えました。次は犬の声。「ワンワン~」可愛いじゃないかなんて言ってもらっては困ります。私は前から低周波音で不眠症なのです。一度起こされたら、朝までもう眠れません。眠れない毎日。さらに体調がぐんぐん悪くなって行きました。
さらに、男は、ベッドの私の耳元で「ワオッ!」と声をかけました。飛び起きましたが、彼の姿はどこにもありません。「ニャォ!」というのもありましたね。お前、動物愛護協会か!など頭の中は怒りと恐怖のごった煮でいっぱいになり、ついに秋葉原まで言ってしまいました。数件の無線機を売る店に聞いたんですが、これはできるようなれど「教えられない」やり方だったようです。つまり、あまり法的でない無線とか……。口をそろえて「探偵に聞いてください」という辺りも怪しい。
私はやけになって盗聴器探しなどやりましたが、全然見つからず、ベッドの下にも何もなく空振り。いや、ゴミが沢山あったので捨てました。時ならぬ大掃除です。

警察の「証拠があれば」という言葉を受けて、レコーダーをトイレの廊下の空気抜きに掛けてみました。そこに入っていたのは奇怪な音。水の流れる音と共に、カチンカチンと鋭い、まるで鶴嘴で鉄を打っているような音。ただの廊下ですよ、絨毯張りの。こんな音がするはずはありません。ワンワンという犬の吠え声。ははあ、ストーカー男はこいつを真似をしたな。でもここでは犬は飼えません。だからよその家の音です、そこに入っているのは。でも、そこは静かな廊下。あるのはメーターボックス電話機の配線板だけ。メーターボックスも電話の方も調べるだけは調べました。でも、何もない。どうして音は飛んでくる。誰に言っても信じてもらえず、泣き寝入り状態。

ところが、です。ストーカーは、ある朝パタリと倒れ、亡くなってしまいました。よかった? いいえ、これからが本物の恐怖の始まりでした。

まだ生きてま~す

新しいブログ書くつもりでしたが、新しいホームでも、ほとんど同じ問題(つまり化学物質過敏症と低周波音障害)で、にっちもさっちもいかなくなっています。やっぱり駄目ですかねぇ、こういう人が生きるのは。

久しぶりに、このブログを開いてみたら、広告だけがデカくなっちゃってたので、なんか押し潰されてぺちゃんこになったような気がしてメゲた。ワタシャ、まだ生きてるよ。ブログ失くさないでおくれという意味で一筆書きました。

ついに脱走

77歳の喜寿をきっかけに、今後は「書けない」を合言葉に、物を書くのを一切やめようと思いました。ちょうど、そのような時に合わせたように、屋上の給水タンク辺りから、凄い騒音が聞こえて眠れないという人が現れたのです。「そりゃタンクの真下に住めば、音はうるさわな」非人情な私はそう思っていましたが、ある日、彼女がこういったのを聞き、「おや」と思いました。うるさいだけじゃなくベッドが揺れて眠れないというのです。化学物質過敏症のため、他の不思議な病気に関心のあった私は、すぐ思いました。低周波音障害じゃないのか。

低周波音というのは、普通の人間には聞こえないはずの音です。あまりに低すぎて耳には聞こえないけど、音に含まれる振動だけが、特殊な人には感じ取れてしまう。そして、その振動は壁を這い、床を這い、ベッドの足からマットレスに這い上がり、眠っている人を揺すり続けるのです。そして、頭痛、吐き気、胸痛など耐えられない苦しみを与えます。地獄です。
その地獄に、私もたちまち引き込まれていきました。苦しい苦しい、眠れない眠れない。眠っても眠りが浅いためでしょう。恐ろしい夢を一晩中見続けるのです。こうなってくると化学物質過敏症が可愛く見えるほどでした。過敏症にはマスクがある。特殊な空気清浄機もある。でも、低周波音には対策が全くありません。遮音するとかえって悪くなる類のものなのです。震源と思われるタンクは取り外すことはできません。いくら訴えても聞こえないものは誰にも聞こえない。ベッドが揺れる? ポルターガイストじゃあるまいし、あの人達、変なんだよ。

ついに「死に場所」だったはずの所から「生きる場所」に……というのも変だから、「少しでも安心して眠れる場所を求めて」、遠い海辺のホームに移りました。 この4月のことです。
松の緑に囲まれた静かな天国のようなホーム。昨日は鶯が啼いていました。広い庭園は野草が美しい花を咲かせています。とうとう安住の地を見つけたのだろうか。

さあ? ついこの前、市のお触れが出て海岸沿いの防砂林(我が家の真ん前もそうです)に殺虫剤を散布すると言ってきました。窓を開けるな、洗濯物を出すな、小鳥や金魚を出すな(犬や猫をさし置いて「金魚」ってのはどんなもんでしょう。私は、金魚は滅多に外へは出しませんけど)――――私も出すな。でも、私は出ました。遠くへ遠くへ。その影響は一週間たった今も残っています。低周波音サマも時々現れます。

それでも生活は随分楽になりました。引っ越し騒ぎの大騒動もほとんど一人で切り抜け、まだ体力もありそうですし。かと言って、100歳以上生きたら困りますね。ほら、予算ってものがありますから。でも心配ないでしょう。抗がん剤は勿論、軽い抗生物質でさえ飲むと副作用が出る人ですから、一度病気になったら、終点は近い。今度こそ、ここが終の棲家になることを祈っています。

長い間、読んでくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございました。もし、元気がもっと出たら、別のブログでお目にかかりましょう。 まだ書けます!
       もういいって?   
053984.jpg  まあまあ、そう言わず。                                                                         

その後 2

②喜寿は長寿?

下駄箱の話のすぐ次の日のことです。
外出先から帰ってくると、事務長に呼び止められました。
「印鑑持って来て下さい。お祝い金が届いてますから」
キョトンとしました。全然見当もつかない。
「私に? 何で? 誰から?」
「××市(住んでいる市)から。今年喜寿でしょう。長寿のお祝い金です」
その時、私の胸に込み上げてきた不快感は何だったのでしょう。
とにかく、印鑑を押し、のし袋に入った数千円のお金を受け取りました。
不快感は、いよいよ増していました。なんだろう。お金をいただいて不愉快というこの感情。
確かに喜寿だということは知っている。歳を取ったなとも感じている。それなら別にありがたく頂けばいいじゃないか。なぜ?

不快の元が「長寿」という言葉から来ているのことに気がつくのには時間がかかりました。
長寿という言葉は、長生きということです。それも普通より随分長く生きた時に使う言葉です。つまり、もう死んでいても不思議はない人が生きているから目出度いってことでしょ?
私は一度も、自分はもう死んでいるはずの歳だなどと考えたことはありません。過敏症が苦しいから死のうと思ったことはあるけれど、もし、そんな理由で死んだら、こんなところに入らなければ、まだずっと生きられたのにと口惜しい思いで逝ったことでしょう。このお祝い金で、自分はそういう歳なのだと無理やり自覚させられてしまいました。

現在日本の平均寿命は83歳(女性は86歳!)。「長寿」はそれ以上生きた人に使う言葉じゃありませんか? 私のおばあちゃんが78歳で亡くなった時、みんなが「そりゃ大往生ですね。めでたいめでたい」と言った時から50年。時代は変わったのに、こんな制度だけ残っているなんて。
そういえば、「老人」という言葉は65歳から使われるとか。それから考えると77歳は確かに随分年寄りに思えます。じゃ、65歳という出発点の方が変なのです。
変でしょ? 変じゃない?

今後、都合の悪いことを聞かれたら、こう言って逃げましょう。
「見えない」「聞こえない」「覚えていない」(確か、藤村俊二さんの言葉です)
いいんですよね? なんてったって「長寿の人」なんだから。
あ、私の場合、それにもう1つ「書けない」も加えるべきかな。

その後

最終回と位置付けたブログを書いてから、2カ月が経ちました。もうホームのことは書くまいと思っていたのですが、住み続けている以上、ここでコトは起こるわけです。
ここ数日の間にもありました。近況をかねて書いちゃいましょう。

①ついに私も「大変な人」?
あれからずっと内部、近辺の工事に囲まれて、四面楚歌の状態は続きました。ホーム内の空気はいよいよ悪く、もう食堂へも行けません。朝食は自分の部屋へ運び、吐き気をこらえて口へ運び、飲み込みました。その上、あの暑さです。一日ベッドでダラッと過ごす日々が続きました。毎日毎日、身体が死んでいくような気がしました。そのうち、頭がボーッとして、勘違いや物忘れが多くなってきました。脳も死んでいく! 恐怖でした。

つい3日前のことです。近くまで買い物に行き、帰ってきたら下駄箱に入れたはずの上履きがないのです。どこか間違った場所に入れたに違いない。誰かが間違えて履いたということはないだろう。なぜって私の上履きはギンギンの飾りのついたゴム草履だから。必死で探しました。こんな姿を人に見られたくないと思いつつ。どこにもありませんでした。

仕方なく裸足のままロビーの床に上がり、エレベーターに向かいました。急いで外出する時など時々その格好で走ったりするので、何の抵抗も感じません。ところがエレベーターから目の前に現れたのは、懐かしい食卓の友達でした。
「あら、しばらく」と私。
彼女の目は裸足に吸いつけられていました。
「どうしたの。その足!」
「それがさ、私ボケちゃったみたい。上履きがどこにもないのよ」
「そんな恰好してぇ。バカになっちゃったのかと思うじゃない」
「バカなのは下駄箱に入れたはずの上履きがないからよ。裸足はフツーなの」
「スリッパ履けばいいじゃない。ああ、びっくりした。もうやだぁ、あんたって」
私もびっくりしました。彼女は涙声になっているのです。
「裸足で歩くなんて」
「私、部屋では大抵裸足よ。5階の廊下も歩く。冷たくて気持ちいいわよ」
「汚いじゃない」
「私の部屋の方がよっぽど汚いんだけどね」
私に反省の色がないので気を悪くしたらしく、「びっくりした。びっくりした」と言いながら彼女は行ってしまいました。
私のことを心配してくれたのだと感謝はしましたが-----裸足ってそんなに変なことでしょうか。確かにロビーを歩くのに相応しくないとは思いますが、全否定されるほど悪いとはいうのは変だ。変じゃない? 変なのは私?

上履きは、探し損ねた場所があるの気づいて行ってみたら、ありました。ぐるっと下駄箱に囲まれた中央にソファ状の椅子があるのです。その下の奥深くにありました。つまり、私は脱いだ上履きを床に残したまま出掛けてしまい、後から来た人がそれを椅子の下に収納しておいてくれたのです。やっぱりボケたのかなぁ。

老年期から墓場まで

このブログは、12回程度の予定で書き始めたのですが、驚いたことに20回を超えてしまいました。それも長い長いエッセイみたいなブログです。どのくらいの方が読んで下さったでしょうか。どれだけ入居希望者のお役に立ったでしょうか。私には分かりません。

でも推察はできます。多分、ほとんど誰の役にも立たなかったと。大体、内部の者が、内部について書くということ自体が無理だったのです。書きたくても書けないことが多すぎました。最初から予感はあったのですが。そこで、改めて、あと「書ける」ことはどのくらいあるだろうと考えてみたところ、何と! もう何も残っていなかったのです! 

そこで、誰の役にも立たないものを、危険を冒してまでこれ以上続けるのは意味がないということになり、このブログはこれで一旦終了しようと思います。いい加減な奴と怒られても仕方がありません。怒って下さい。 あ、ちょっと待って。

折角ですから、その前に、もう1つだけ読んでください。今、私が、いえ、私だけじゃなく、かなりの老人が望んでいるはずの老人ホームの理想の形を。

周囲の工事が大量に始まった頃から、私はここを出ることを考え始めました。毒ガス室のような部屋で、青ざめた顔で暮らす日々……これが一生続くことを考えると、気も狂わんばかりに焦りました。身体は100点満点と医師に言われたばかり。生きようと闘い続けているに違いない身体の努力を無視して自死など選んでは、身体に申し訳が立ちません。

数か所を回りました。過敏症である事実も勿論話しました。過敏症に関しては、大きなホームほど寛大でした。そこら中に休憩所があり、空き部屋もあり、木陰つきの広い芝生もあり……つまり逃げ場がたくさんあるからです。(「ハエ取り紙」を思い出しました。彼も「逃げ場所はたくさんある」と言ったんでしたっけ。う~ん)さらに、リフォーム後2月の部屋で症状が起きなかったのを見て、程度は軽いと踏んだようです。実際、軽くなっているのです。このホームの中にいるとき以外は。ここに居続ければ症状は再び悪化し始め、もう2度と治ることはないでしょう。私はそれが怖かった。

しかし、最大の難関はどこも通過できませんでした。最大の難関。それは「保証人がいないこと」でした。中には、成年後見人を立て、葬儀の費用として何がしかのお金を預託金として預ければ問題ないと言ってくれた所もありましたが、その「成年後見人」とやらが、私には胡散臭いとしか思えず、受け入れ難かったのです。

以前、一度成年後見人をお願いしようと思ったことがありました。そのとき相手と話していて思ったのです。これは危ない。彼は私の全財産を把握し、それを私のためと称して、いくらでも使うことができる。家庭裁判所が監督するから心配ないって? 監督ってどういう風にするのでしょう。後見人が提出する支出記録でも見るのでしょうか。領収書でも見るのでしょうか。その内容が本来の目的とは違ったものに使われたとしたら、それを見破ることができるのでしょうか。私は、その「監督」と言う言葉の中身を知らないので、信用できないのです。これが私の「妄想」ならいいのですが、悪い人に当たったら、全財産がなくなる可能性はあると今でも思っています。

それくらいなら、残ったお金は、私が有意義とみなした所へ寄付をして役立ててもらい、「おや、あの人、案外いい人だったんだねぇ」(『案外』だけ余計だよ)なんて言われて、突如善人に変身する方がずっとましです。
さらにずっとましなのは、やはり相続人に残すことですよね、それがいれば。 

「保証人」はいない、「成年後見制度」は嫌、というわけで、私は未だにここに留まっています。どこかへ移れる見込みもありません。探し続けはしますが、すでに胸にあるのは諦めのみ。このホームは、身元引受人なしで、看取りから、お寺への納骨までやってくれると言った唯一のホームでした(受け合ったのが「ハエ取り紙」なので、その信憑性には疑問がありますが、その時私は死んじゃってるわけだから、知~らない、っと)。
だから「ここの悪口は言っちゃいけないの」なんです。 もう随分言っちゃいましたけど。
ガス室に感謝! 


これから、天涯孤独の老人はうなぎ上りに増え続けるでしょう。その人たちはどうすればいいんですか? 介護保険の在宅サービスですか? ヘルパーは付きっきりではありません。夜は? 孤独死があり得ます。その後は? 誰が何をしてくれるの? どこへ葬ってくれるの?
(申し訳ないことに、私は介護保険の実態をあまりよく知りません。もし、天涯孤独でも「今のままで大丈夫なのだ」という意見をお持ちの方は、その理由をお教えください)

だから、私が望むのは、
天涯孤独の老人の老年期から墓場まで、全部面倒を見てくれるホームです。
実現が難しいのは分かっています。でも、誰か頭のいい政治家が(1人もいない? まさか!)何かいい案を出して、実行に移してくれればと願っています。随分遠い先のことになるでしょう。 少なくとも私には間に合いませんね。

さあ、これ以上言うことはなくなりました。もう怒って下さって結構です。
なに、あまりに話が長過ぎて、もう醒めちゃった? 結構結構。

長い間、お付き合いして下さった方、有難うございました。
お役に立てなかったこと、お詫びいたします。
今度は、もっと楽しいブログを書きましょう。いつか………。


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老人ホームは
美しく巨大な草花の影に隠れた霧の中
中に入っても、また向こうに霧が
何も見えません
営業マンも
経営者の人柄も
成年後見人も
仕方がないから籤を引きましょう
あなたが、幸運の持ち主であることをお祈りします

終末医療について

あまりにも難しい問題なので、本当は触れないのが無難です。ですが、私個人としても頭の半分ぐらいは、このことで占められており、多くの老人も頭の半分、あるいは頭全部で考えていることなので、全然触れないで逃げる訳にはいきません。

そこで、私たちが繰り返し発する言葉を、「お医者さん」に聞いていただくために、列挙します。お医者さんが1人もブログを読んでいない場合は、得票ゼロの選挙演説者になりますが、書いただけでも少しは気が晴れます。
「早く死にたいねぇ」
「あたしは、絶対胃ろうなんか断るから」
「そんなの勝手にやっちゃうってよ」
「私ら『生かされちゃう』んだよ。いくら死にたいといっても」
「私らには『死ぬ権利』ってないの? あるんでしょ? それをどうして勝手に治療するんだよ。もういいって言ってんだよ」
「医者は神様のつもりか! 人の命を勝手にいじくりまわして!」
「長生きさせた方が、儲かるからじゃないの?」

ここにある言葉は、すべて私のホームで、私の耳で、聞いた言葉です。このすべてに私は同意します。お医者さんは怒り心頭に発するでしょうが、これが現実の声なのです。よく「医者は人の命を救うのが仕事だから」という言葉を聞きます。それは正しい。でも、正しくない場合もあるということを知って下さい。
それは、患者の意思がそれを拒否している場合です。患者には身体の他に精神もあるんだということを思って下さい。身体が生きても、精神が死んでいては生きていることにはなりません。

医者は神様? 医者だって、元をただせば患者相手の商売人なんじゃないですか?
少なくとも彼らの雇い主、大病院の経営者はそれを知っています。その証拠に、いつの間にか患者に「さま」をつけるようになりました。でも、いざ患者と向き合うと、立場は逆転し「さま」は医者の方に付きます。
「私は歳だから、もうそんな手術をしないでください」と泣きべそで頼む人に、「患者は黙ってる!」と怒鳴った医師がいたそうです。看護師は勿論「先生さま」の言うがままですから、「ほら、先生はあなたのことを一生懸命考えて下さってるのよ」などと言います。四面楚歌で、老人は手術をすることになるのです。無理やり「生かされて」しまうのです。

ちょっとたくさん勉強したからといって、ちょっと難しい試験に通ったからといって、(『ちょっと』じゃない。『も~の凄く』なんだと言っても事情は変わりません)「患者」の命の長さを勝手に決めていいという権利はない! 「患者さま」が手術をしたくないと言ったら、手術をしないために起こる(命の)危険を説明した上で、やめるべきなのです。依頼された「仕事」は「キャンセルされた」のですから。

患者の「心」に沿った治療をするのが、本来のあるべき医者の姿だと思います。
今の日本では、医者が心の中では「そうしたい」と思っても、世間がそれを認めない風潮があります。医者はそのジレンマに苦しみながら、我が身の保身を含めて「より安全な」道を選んでいる人も多いような気もするのです。医者だけを責めても駄目なのです。世の中が変わらなければ。患者の苦しみを見かねて酸素マスクをはずした医師を「人殺し」扱いにする世の中では、医者もビビって何もできません。

自分の意思に背く治療、延命治療を確実に防ぐ方法は、まだありません。私の頼みの綱は「尊厳死協会」ですが、まだ法制化されていないので、言われているほどの効力はないようです。「自分は延命治療を望まない」というきちんとした書類を、できれば健康なうちに書いておくのがせめてもの対策かもしれません。

命があるだけいいじゃないか、俺たちは一日でも長く生きたいんだという老人もいるでしょう。延命治療はそういう人のために使うものです。
自分の命の行方を自分で選べる時が、一日も早く来ることを願っています。



19. 砕ける 
私は荒れた海が好き
波は押し寄せ、岩に当って砕ける
細かい霧となって飛び散る
その潔い姿が好き

    

「入居対象」について

雑誌などのホーム紹介に「入居対象」という言葉をよく見かけます。つまり、入居者が自立であるか介護専用であるかを示す言葉です。
以前は「自立」というのが多かったのですが、今は「混合」が多い。つまり、自立でも介護でも受け入れるということです。

その際、同じ混合でも、自立者と介護必要者が一緒の建物に住み、一緒に行動を共にするのかどうかに気を配って下さい。私個人の意見としては、自立者と要介護者は、別の建物に住むべきだと思っています。前に「大変な人」で触れたように、一緒だと自立の人に精神的な負担がかかる場合があるからです。自分の未来の姿を毎日見せられていて元気が出るでしょうか。
「コーラス部がお待ちしていまーす!」の元気な人達は、完全自立の人だけが住んでいるホームの人たちでした。誰もが、自由に行きたい所へ行き、外部に仕事を持ち、社会と結ばれている人たちです。当然、話題も多岐多様にわたり、仕事や趣味が一致している者がいれば、友達の集まりもできるでしょう。
やがて、彼らも介護が必要な時が来る。そのときに、介護棟へ移るわけです。

今、やたらに「混合」が多くなってしまったのは、「自立」として入れた人が、介護に移行する丁度その時期だからかもしれません。介護棟の用意がなかったのです。
仕方がないから、自室で介護をします。多くの人が、1人で歩けなかったり、「大変な人」であったりするため、ヘルパーは彼ら全員に声を掛けて回らなければなりません。それも、断りなく入居者のドアを開けてはならないということで、ただ叫ぶしか方法がないのです。「朝ごはんですよ。起きて下さーい!」「××さーん、お茶をお持ちしました!」「お薬でーす!」 相手が大抵耳が遠いので、その声を出すには大変な肺活量を要します。しかも廊下の音響がとてもよいときている。(どうして不必要なところばかりが「いい」んでしょ)。不眠症のため、やっと睡眠薬の力を借りて眠っている時間に、これが聞こえると飛び起きます。勿論「仕方がないことだ」とは思ってますよ。だけど、自立の人にとっては大事な睡眠時間です。たとえそれが、すでに朝の6時過ぎだとしても。自立の人の健康も考えてください。
「早起きは三文の得」なんて誰が言ったんだ! 睡眠薬代返せ! 

つまり、ここで言いたいのは、もし「混合」と書いてあったら、自立と介護の建物が共同か、別棟への移動ができるかどうかを確かめた方がいいということです。睡眠薬代を返してもらえということではありませんから、その点よろしく。


 疲れた
ヘルパーさんも大変です
一日何回も、何階もに渡って点在する部屋に
お茶やらご飯を運ばなければなりません。

週刊誌でよく老人ホームのランク付けをします。
ここが良いホームの上部にランク付けされた時、みんな顔を見合わせました。
どこ見て、ここを選んだんだろうね。
退去率(死亡は除く)だとという話もありましたが、
元気な人の退去など、よほどのことがなければありません。
それより、ヘルパーさん達従業員の退去率の方を見てください。
それが多ければ、そのホームは待遇も悪く、
それに対して不平でも言おうものならすぐ首にして、新しい人を入れている可能性があります。
もっとも、その退去率を意図的に低めに発表していれば、こちらはお手上げです。

築年数について

私は化学物質過敏症でしたから、築2年以内の新築物件は選べませんでした。意外なことに、それより古いものとなると、平成5年前後に固まっているのです。ちょっとしたブームだったのでしょう。むしろ喜びました。それだけ時間がたっていればホーム内の臭いは完全に消えているだろう。大規模補修が遅くとも15年以内には行われているはずだから、それさえ終わっていれば、他の部屋のリフォームぐらいは大丈夫。短期間に終わるものだし、一年に数回程度だろうからと。

それが間違いだったのです。リフォームは「たまに」なんてものじゃない。毎日どこかで行われます。隣室で、斜向かいで、上で、下で………。古いので亡くなる方が多いのでしょう。また、個人的にも古い部分を直したい気持ちが出てくるでしょうし。後1日、後3日、日を数えるようにして終わるまで我慢しました。


リフォームに続いたのが、各設備の故障です。下水管、屋上の給水塔、電気系統の音・・・それらについては前にも書きましたが、それが突然爆発したように起こり始めたのです。
工事。工事。工事。
それらに直面して私がどうだったかは、(    )て、(    )から、(       )と思ったほど。
(カッコを勝手に埋めよ。老人ホーム入居試験)

古い建物には、こういう欠点があるのを見逃していました。大規模補修を何時したか、それは「説明書」には書いてありません。質問して下さい。それが15年以上経ってから、あるいは15年以上経っているのに「まだ」なら、そこのメンテナンスには問題があります。下水管の取り換え、給水塔の補修(古い建物はタンクが屋上にあります)、取り換えなど、まずやっていません。あなたが入居した後に、それらはやってくるのです。 
築年数は新しい方がよさそうだということが分かります。

ただ、新しいものには、別の危険があります。ここ2、3年の間に「サービス付き高齢者住宅」(サ高住)というものが増えました。その経営者たちが、本当に老人介護のノウハウを知っているのかどうか私は疑います。儲かりそうだから参入しよう程度の気持ちで始めたのか、本気で大変な仕事に取り組む覚悟ができているのか、私にはわかりません。
「儲かりそう」。そう、儲かる場所は多分介護室です。おむつを何枚替えたかなんて誰にわかりましょう。外で買えば安く買える介護用品を定価で買わせる。食べないと分かっている食事を出す。その他、いくらでもごまかせる収入がありそうです。「介護室は宝の山」と誰かが言っていましたが、新しい参入会社の中にはそれが目当てという所がありそうで注意が必要です。なんと言っても「介護」がしっかりしている所が一番です。その点から考えると、やはり、ある程度の「歴史」を持っている経営者の方が安全-----かも。
私には、性格的に「サ高住」の方が向いていそうだと期待していたのですが、今現在の状態ではちょっと安心して入れません。



宝船 
入居者達のお着きぃ!
お客様は神様です
しかし…少々若いのもいるな
な~に、10年たてばみな同じでさぁ
(以上、「バチ当り」共の会話。)

ホームの資金について

ホームを決める際、一番気にかかるのは「いくら掛るのか」です。このブログでは、それには何も触れていません。というのは、触れたくても触れようがないからです。ホームの種類は多種多様で、それぞれがみな違う料金体制を持っています。ですから、お金の問題については、ご自分で、資料と一緒に送られてくる「重要事項説明書」でつぶさに吟味していただく他はありません。なに? 重要事項説明書がない? 見学の時口頭で説明するって? バカな! 口頭で聞いて分かるような代物じゃありません。そんなズボラな所に交通費を使う無駄遣いはやめましょう。

私がつい最近初めて知った、「そうだったのか」をお知らせしておきます。
ここへ入る時、このホームの経済状態を調べてもらいました。ランクは、どん底付近と極めて親しい仲。驚きました。そこで、ある「相談所」に聞きました。
「大丈夫でしょうか」
「全然問題ありません。そこは入居者はたくさん入っているので、もし、潰れてもかならずどこか他の所が手を上げて、経営を引き継ぎます。だから、入居者が追い出されるということはありませんよ」
私は、「なるほど」と思いました。それなら別にいいんじゃないか。
ところが、最近ある営業マンに、こう言われたのです。
「確かにそうなるでしょう。でも、引き継いだ会社が、前の契約書通りの金額でやってくれる保証はありませんよ。新しい契約書を作り、新しい料金表ができるかもしれません」
「なるほど」と思いました。(私も結構「簡単な人」ですねぇ) それはよくない。
「追い出されることはない」。確かに。しかし、前の契約書の料金で将来の資金を計算していた人は、お金が足りなくなる場合が出てこないでしょうか。そうしたら、出ていかなければならなくなる?! 
この辺りは、実例がないので(たくさんあるけど、関係者以外の耳には入ってこないのだそうで)真偽のほどは分かりません。
分かったのは、やはり運営会社の経済状況は良いに限るということでした。

考えてみると、経営状態の悪さが、直接入居者に響く場合があります。まだ返還金が残っている状態で退去した時です。「説明書」に退去後何日以内に返還するという項目があるので見て下さい。経営状態がいい所は、2カ月程度、悪くても3カ月以内。それが半年となると、経営状態は「いい」とはお世辞にも言えません。それでも還ってくればまだいい。「もうちょっと待って下さい」が繰り返されると大変です。
ある退去者の話です。「返還金を他のホームの頭金に予定していたので、返してもらえなくて困り果てた」
返還金の期限超えに罰則をつけるべきです。一日延びたらその分利息をつけるとか。このままでは逃げ得になる可能性があります。

最近の「ダイアモンド」という雑誌の老人ホーム特集にこんな記事がありました。
「営業マンがあまりにも契約を急ぐ場合などは、資金繰りが悪化している可能性もある」
私が契約書を交わし、当日すぐさま銀行に直行して入居金全額を払ったのは、月末の31日。台風まがいの大嵐の日に老人を連れ出すのはあまりに非常識で、当然日述べするだろうと思っていた日でした。

月末どん詰まり
arashi.jpg 
「嵐だっちゅうに! 入金、明日だっていいだろ」
「その前に俺の会社が吹っ飛んじゃうんだよ。急げ!」 

体験入居

入居を決める最終段階に、体験入居があります。ここが下調べの山場です。自分の目で、耳で、体全体で内部を観察できる唯一の機会です。
まず、泊めてもらう部屋は、自分が入る予定の部屋にするのが一番いいのです。部屋の位置によって、聞こえる音が(ゴミ収集車の音・前の道路の車の音・駐車場の音など)、日の当たり方が、周囲の風景が、上下左右の部屋からどんな影響を受けるか、など数え切れないほどの大事な情報が得られるはずです。

ところが、これができないのです。今まで、それができたのは、例の良き営業マンのいるホームだけでした。化学物質過敏症の私は「自分の部屋」で寝てみなければ良し悪しを判断できないという知識が彼にあったゆえの特別配慮からでした。
普通は、布団の用意・部屋の掃除など余計な手間がかかるのと、安全のために、ゲストルームに泊まります。お風呂もついていますから、ホテルに泊まったのと同じです。

食事のとき以外は、部屋に籠っていてもいいのですが、それでは何の体験にもならないので、極力勇気を出して(本当に勇気がいります。入居者の好奇の目に曝される訳ですから)、あらゆる所へ顔だし、あらゆるものを使ってみて下さい。特に大浴場は大抵パスしてしまいますが、ぜひ入って下さい。ほら、床が抜けかけているのも見えるでしょ。

では、体験入居者に、ホームはどう備えるのでしょう。(入居者談)
風呂場に、普通はボディ石鹸だけなのに、その日はシャンプーとリンスが現れ、次の日には消えた。
食事がいつもより、豪華だった。
前日の掃除がやけに丁寧だった。
ロビーにいつもたむろしている常連の入居者が、その日は姿を消した。

特に重大なのは最期のロビーの話です。ここは、今までは絶対聞けなかった内部の声が聞ける大事な場所なのです。食堂もそうです。一人ポツンと離れたところに座ってはいけません。なるべく話好きそうな人が固まっている場所に入り込み、人懐っこい感じで(その日だけの芝居でもいいから)、そこの良し悪し、入居の可能性を聞いてみて下さい。もしかすると「それは、あなたがご自分で決めることよ」という冷たい返事が返ってくるかもしれません。他の人に聞いてみても同じようなら、それはホームがそういう躾をしている疑いがあります。

このホームでは、見学の時でさえ、なぜか「隔離されている」ような感じが付きまといました。お昼御飯を食べるのも「ハエ取り」と2人だけ。テーブルもみんなから離れた場所に取りました。
ある時、ロビーにいた時、ハエ取りがちょっと離れたすきに、1人ポツンと座っている人が目の前にいたので、すかさず聞いてみました。
「ここはどうですか」
「あのね、ここの悪口は言っちゃいけないの」
そう言った後は、その人は口をきゅっと結び何も言わなくなりました。今思えば、「大変な人」だったのでしょうが、この言葉は「言えば悪口になるから……」という意味でしょうね。やはりそうか。ここでは外部のものに、中の話はしてはいけないという教育をしてるんだ。その機会を作らないように、いつも誰かが傍にいて見張っている。実際、ある人が、入居希望者とちょっと話をしていたところ、後で職員が飛んできて、「今何の話をしたんですか」と突っ込まれたとか。

ロビー以上に話しやすいのはお風呂場です。ここには、いかなるホームの人も入れませんから。ただし、こういう狭い場所に入居者が数人いる場合、言った悪口が誰かから洩れ、後で災難が降りかかる恐れがあるからと何も言わない可能性は十分あります。そういう点では、ロビーの方がいいのかなぁ。
要はタイミングの捉まえ方なんですけどね。希望者にも、これが上手な人と下手な人がいますから、難しい。

入居者と話をするのを嫌がるホームは、いいホームとは言えません。言われて困ることを抱えている証拠です。

私に「体験入居と言うのは、ここの設備を見るだけでなく、ここの生活を見ることです。このホームの様子なんかも入居者にどんどん聞いてみてください。」と言ったのがやはり例の営業マンでした。そこで私は食事時には必ずどこかのグループに潜りこみ、それとはなしにここの雰囲気を体で感じ、その人たちに馴染んでいきました。あまり長い期間に渡って私が時々泊まるので、「ボロベアさん、まだ入らないの?」「コーラス部が待ってまーす」と言う声援まで飛ぶようになりました。その明るい雰囲気。ここと何という違いでしょう。今でも懐かしい。

今まで全く見えなかった内部の様子が、やっと覗き見程度でも見られる唯一の機会。それが体験入居です。とにかく「見よう」という意気込みを持って下さい。そう思わなければ、見えているものも見ないで帰って来てしまいます。体験入居は偉いのです。 兵隊の位にすると……わかんない! とにかく体験入居に敬礼!

命令されて条件反射で敬礼しちゃったけど
誰も何も答えてくれなかったぜ。
どうしてくれるんだ、俺のプライド

ゴメンナサイ
でもあんたの顔も悪い
 敬礼

見学で見せるのはいいとこだけ

見学には、見学日が決まっているものがありますが、個人で予約して行く方がいいと思います。大勢いると、個人個人の知りたいことが違っていて、それに時間を費やされ、自分の聞きたいことが十分聞けないからです。

まず、建物まで、カタログに書いてある駅から(あるいはバス停から)の道順を、歩いてみて下さい。徒歩○分とあれば、その通りの時間で歩けるかどうか。普通80mを1分とするのだそうですが、老人の足を考えれば、もっと時間がかかるはず。それが正しければ、まず合格です。
中にはひどいのがあって、バス停から徒歩4分と書いてあるのが、8分かかったのがありました。私は足が速い方なので、もっと老人だったら10分はかかるでしょう。なぜそんな大ウソが書けるかというと、道は運動場をぐるっと回らなければならないのに、そこを斜めにつっ切って、プールも斜めに渡って直線距離で測るとそうなるのです。鳥になったり魚になったりすれば、4分で着く。何が悪い!
これだけで、もう、そのホームの良心の有無が見えてきます。

距離以外にも、歩くことをお勧めする理由はたくさんあります。歩けば、周囲の環境がしっかり見えます。近くにコンビニがあるか、どんな店があるか。工場はないか。できれば、ホームを一周してみて下さい。私が選ぼうとしたホームの隣には、ガソリンスタンドがありました。ある所は、ベランダに向けて、隣のパチンコ屋のエアコンの外機がお尻を向けていました。
これらは、車で乗り付けると案外気がつかずに終わってしまうことが多いのです。いきなり玄関に着けば、もう目の前にある建物と内部に気持ちが集中し、周囲にまで気を配る気持ちのゆとりがなくなってしまうからでしょう。営業マンは、「お車でお迎えに上がります」などとサービスの押し売りをしますが、それには、周囲をつぶさに調べたりしないようにという配慮があるのかもしれません。

建物で最初に目につくのはロビーです。だから、どこもロビーには力を入れます。まるでホテルを思わせる分厚い絨毯。金ピカの階段の手すり。そこでホームの格が決まるとばかりに、全力投球して作ったロビーです。
そういうロビーをみただけで、私はそのホームに興味がなくなります。こういう所に外出先から帰り、「お帰りなさいませ」と言われても、「家」に帰った気がするものだろうか。
だから、私が「ここが一番」と以前選んだのは、さほど広くない平凡な木の床に、籐のテーブルと椅子のセットが何組か置かれ、刺繍をしたクッションがその背にあった中級のホームでした。そこには確かに「家」のぬくもりがありました。「ただいま」「お帰りなさい」と笑顔を交わすなごやかさ。例のデカ顔営業に取り上げられてしまったホームでした。

話を戻すと、ロビーが高級ホテル並みのところは、他もすべて立派です。立派な映画館。ビリヤード室。図書館。美容室。ジム……。しかし、ここでも思います。100メートルもあろうかと思われる柄模様のふかふかの廊下。そこを、「歩くユニクロ」を自称している私が歩いたら! 考えただけで、息が詰まります。毎日ですから。一生ですから。
そして考えてしまうのです。この豪華さの裏に、何か犠牲になっている物があるのではないだろうか、と。入居費用も、管理費も他と比べてほとんど違いはありません。どこでバランスを取っているのだろう。サービス料の高さ? 介護費の消耗品代? 介護の質? 介護室が立派なのは見えます。でも、実際の介護は見えないのです。
こういうのを「下種の勘繰り」というのでしょうね。「豪華過ぎて嫌んなっちゃう」なんて言葉聞いたことありませんからね。豪華であるのも、人によっては「いいこと」の中に入ります。要するに好みの問題でしょう。「お帰りなさいませ」と最敬礼をされるのがお好きな方はどうぞ。

こういう所の営業マンはラクです。何も言わなくても誰もが(私を除いて)、こんな所に住めたらと夢のような生活を頭に描くでしょう。そして、思ってしまう。欲しい! 
こういうゴージャスな生活の中で人生を終えたいと思う人がいるのは当然です。でも、部屋の間取りだけでなく、たくさんの付属設備を見学して、それからゆっくり頭を冷やして落ち着いて考えてみる時間は必要だと思います。あの設備のどれだけを自分が使えるのか、どれだけ楽しめるのか、またその環境が自分の「生き方」に適しているのかどうかを。今後の一生を託す場所です。一時の感情で決めないでください。
私が見学した限りでは、その立派な設備を使っている人は1人も見かけませんでした。

どのホームでも見学者には「いい所」だけしか見せません。お風呂場の床が抜けかけているのなんか見せるはずがないでしょう。そこで「お風呂場を見せて下さい」と言ってみると? 「今使用中なのでちょっと……」「今工事中なのでちょっと……」
「ちょっと」「ちょっと」があまり溜まると、ちょっとでなく「大変」です。

一番の山場、「体験入居」の話は次回に。

坂道 
ホームまでの間に坂道はありませんか。
どんな素敵なホームでもこれではねぇ。
(まさか、こんなところに建てるバカもいないと思いますが。)
坂はどんなにゆるく見えても、将来外出不能につながります。
敬遠しましょう

営業マンの手=腕 2

ただ、営業マンの中にも、誠実で良い人がいることも言っておかなければ失礼かもしれません。その人は、私の過敏症を理解し、根気よく何件もの物件を提示し、私が部屋を吟味している間はただ黙って、私の判定を待っていました。時には、「そこはボロベアさんには向かないと思いますよ。前の人がお香マニアでしたから」とやめるように勧めたことさえありました。私は彼を信頼し、リフォームが済んだという部屋に2回も3回も体験入居した上で、近く予定された大規模補修が終わったら契約するというところまで漕ぎつけました。

ところが、大規模補修待ちの間に、彼は仙台に転勤になり担当者が変わりました。その男は「今すぐ」入居者を捕まえたかったのです。そこで大規模補修待ちなどというのんびりした女は切り捨てねばならぬということで、いきなりこんなことを言いだしました。「ここでは、入居者が決まってからリフォームするんです」。どこのホームもそれが普通です。ただ、私の部屋のリフォームは以前に済んでいると聞いていました。
「いえ、済んでいません」ピシャリと彼は言いました。「リフォーム後何年もそのままですから」
 私はリフォーム直後の部屋には入れません。
「そうすると、私はこのホームにはどの部屋でも入居できないことになるんですか?」
「そうですね」
その居直ったようなシャーシャーとしたデカイ顔(物理的にも本当にデカかった)。長い間かけて積み上げてきた、前の営業マンとの信頼関係が一瞬にして費えました。

営業マンは誰でもいいから入れちゃえば勝ち、というようなことを前に書きましたが、彼らにも入れたくない相手はあるのです。金の危なそうな人、苦情の多そうな人、厄介な病気持ちの人、あらゆる意味でホームのお荷物になりそうな人。人気のあるホームほど、これが多いのではと私は危惧します。入居希望者に困らないから選り好みができるのです。私が上記のような人(すべての条件を満たしていますね)であっても、空室が多くあれば「入れちゃえ」になる。その時の状況、ホームと会社の力関係で営業マンの手が変わるわけで、そんな事情はこちらは知る術もなく、空室状況などで推察するしかありません。
「あなたは入れません!」などとは、いくら厚顔無恥な営業マンでも言えないでしょうから、決まり文句を言います。 
「その部屋はもう塞がりました」。
そう言われたら諦めた方がいいです。「2日前に空いてたんだから、そんなはずはない!」などと怒るともっと敬遠されるだけです。私はそれを言っちゃったんですね。だから知ってますよ。入居希望者のブラックリストらしきものまで存在することを。まあ、嘘を見抜いた人に親切心が湧かなくても当然かもしれません。

とはいえ、営業マンが良い人だからと言って、喜んでばかりはいられません。彼らはあくまでも仲介者ですから、同じホームを扱っている営業マンなら、どんな人に当たっても入る場所は同じな訳です。良い人からは、より正しい情報が得られ、長い道のりを気持ちよく一緒に歩けるというメリットはありますが、結果を考えるとちょっと虚しいですね。

私たちは営業マンを選ぶことはできません。どんな人に当たるか、くじ引きと同じです。また、行く先のホームがいいか悪いかも、不確かな情報ばかりで判断がつかない。仕方がないから、適当なところで妥協して入居してしまいます。これもバクチみたいなもんです。同じバクチでも、パチンコや競馬のようなお遊び(それで生計を立てている人がいたら、ごめんなさい)とは違います。全財産を賭ける真剣バクチだという気持ちでホーム選びに取り組んで下さい。

入居してから「失敗した!」と思ってももう遅い。大抵の人は出るに出られなくなります。向こうはそれが付け目なのです。90日間で退去すれば、ほぼ全額戻す。こんな規定があります。老いの身に鞭打って、やっと引っ越してきた老人に、もう一度引っ越しをするエネルギーが残っていると思いますか。引っ越し先が探せると思いますか。余程の孝行息子や孝行娘の手助けがなければ無理です。そして、今、親の手助けに精を出す孝行子供はあまりいませんね。みんな自分のことで忙しい年代だし。だからこそ、老人ホームに入るわけで……しょ?

人生最後の時期を過ごす大事な場所の選択を、全部くじ運のせいにするなら、何も書かなくてもいいことになってしまうので、入居希望者が得られるささやかな手掛かりを、見学・体験入居の中に探ってみましょう。


イケメン ブサイク

どっちを選ぶ?
どっちでも。 だって、お腹の中は見えないから。
 

営業マンの手=腕 1

老人ホームを探す上で、最初に「資料を読み、『重要事項説明書』を検討する」というのは当たり前のことですから、ここでは省きます。
すると最初に来るのが言わずと知れた「ハエ取り紙」のことです。何しろ、彼らは最初から入居まで、長~い付き合いになるわけですから。そして、入ってくるホームに関する情報は彼の口から以外、ほとんどありません。一口で言ってしまえば、彼らの言葉すべてが「手」の塊りなのです。

ご存じのように、彼らにとっては客は飯の種です。脈ありと見れば、食らいついて離しません。どうやって? 客の要求をギリギリまで呑む(呑んだふりをする)のです。私の場合は化学物質過敏症ということで、要求も他の人とは変わったものが大半でした。
「部屋にいられない時はソファで横になってもいいですか」「はい」。
「工事がある時は早めに知らせて下さい。防衛の準備をしますから」「はい」
しかし、彼の「はい」はことごとく実現されませんでした。ソファに横になれば、ホーム長に「禁止」と言われ、他の場所を探しても全部鍵がかかっていて、あると思っていた(思わされていた)逃げ場所がありません。時には、真夜中に外へ出て、玄関先のポーチで地べたに横になりました。涙が出ました。彼が言った「はい」は、「ハエ」の聞き間違いだったんじゃないかしら。

皆さんは営業マンは、ホームの人だと思っていませんか。実は運営会社の営業部から来ている人です。これは他のホームもほとんどそうです。彼の役目はハエを取ることだけ。ホームという虫かごに入れれば、そこで仕事はお終い。後はホームの責任だから知~らない、っと!

私の過敏症についてはホームに過少報告をしていた節があります。多分、臭いに敏感な神経症だとでも言ったのではないでしょうか。2年も付き合い、その発症時の苦しさを何度も説明したのにもかかわらず、その一番大事なことは言わなかった。 ホームに却下されたら客を1人逃がすから。業績を上げるためにはホームにも、客にも嘘をつく(言うべきことを言わないで隠すのも嘘に入れます)、これが最悪の「ハエ取り紙」の手でした。聞けば、彼は成績トップの営業マンだったとか。私にとっての最悪は、会社にとっては最良だったのです。ヤレヤレ。

今日も「ハエ取り紙」が、入居希望者の頭の上でぶんぶん回わっていることでしょう。どうか、「ハエ」を「はい」と聞き間違えたりしませんように。 あ、もしかすると回っているのは虫取り網に変わっているかもしれませんよ。今は進歩の時代ですからねぇ。


虫とり 

何? それはハエじゃなくて蝉だって?
上等じゃねぇか。蝉の方がデケェんだよ。
次はコガネムシといきてぇもんだぜ。
コガネムシは金持ちだ~♪

反省のつぶやき

ここまでのブログを読み返し、ふと思いました。
このブログは、内部を知らない人に、入居後に見えてくることを知らせ、入居の際の参考にしていただく「つもり」で書いたものでした。しかし-----
このブログが本当に警告になるでしょうか。ここの消防訓練がいい加減だと書いても、それは「ここ」がそうだというだけのことで、他は違うかもしれないのです。
「あたしはそこに入るんじゃないんだよ。あたしんとこのことを書いてよ」という声が聞こえるような気がします。でも、私は「あたし」がどこへ入りたいのかわからない訳で-----。

そこで、次回からは、もっと一般的な、さまざまなホームの入居者確保の「手」を少し書こうと思います。あの手この手は、千手観音ほどではありませんが、結構知られていないことがあるのです。それから、下調べの際の注意のしどころなども少し。
それらは、私が過去・現在を含めて出会った10件近くの物件から拾ったり、入居者から聞いたりした話です。ここの話だけではありませんから、少しは参考になるかと思います。騙されたと思って、騙されないための知識を持って下さい。
お詫び 

ただ一つ、これまで長いスペースを取って書いてきた、人間関係については、どのホームでも「あり得ること」と考えていいかもしれません。そして案外、入居前には考えないことだということも。人間関係は老人にとって、特に自立した人にとっては、その居心地のよさに大きく貢献するものです。老人同士の楽しいおしゃべりに花が咲くだろうと思って来られる人が、予想外に多いことも分かりました。
でも私の前に繰り広げられたのは、陰湿な蔭口の応酬。外国の経験談は「自慢話」、珍しい植物の名前を言えば「インテリ」。学歴などひた隠しにしなければならず、家族の話もできない世界です。沈黙は金。無難な話は、ここでは「お天気」と「病気の話」ぐらいでしょうか。

私が訪れた他のホームでも、かなりの確率で、その兆候は見られました。食堂にほとんど人がいない。訳を聞くと、「みなさん、お部屋へ持って行かれるんです」という答えです。みんな引きこもり。

そんな様子に出会った新入居者は、戸惑い、失望することが多いでしょう。
「こんな風だとは思っていなかった」。
エレベーター前のおばあさんの呟きが、すべてを語っているように思えました。

広がる黒雲

残念ながら胸に湧いた黒雲はどんどん広がっていきました。

そう言えば-----
風呂場の排水管が壊れて、そこからお湯が音を立ててて噴出している。「業者待ち」という説明ですが、こういう事態に業者が飛んでこないということがすでにおかしい。常日頃からの付き合いが薄いからでしょう。というのは、定期点検をしていない証拠でもあります。(入居者の中には「払いが悪いからだ」という人もいました。)とにかく、ジャージャー流れっ放しの水道の傍に、「水を大切に使いましょう」の張り紙が出ている辺りは、テレビの「ナニコレ珍百景」にでも出したいような光景です。

突然、モーターが壊れて断水する。
突然、風呂場のカランから水しか出なくなる。
廊下の天井からブーンという唸り音が鳴り響く。
排水溝の掃除は10年ぐらい前に一回やっただけ。(入居者談)
驚きました。以前住んでいたマンションでは、一年に一回やっていましたから。業者に聞くと
「3年に一回はやって欲しい」と言うことでした。
その他、モロモロ。

とにかく「ことが起こるまで」何もしない。
その手当は、「その場が収まりさえすればいい」という応急処置。根本的な直しをしないから、また同じようなことがすぐ起きる。 こういう調子で今までやってきたツケが、今、回って来ているのではないでしょうか。
毎日何かしらの工事が絶えません。

入居者の反応は、驚くほど冷静です。蔭ではジクジク文句を言っているのですが、それをじかに訴える出る人はいません。老後を人質に取られているからです。「介護室に入ってからが怖い」。介護室の中のことは入った人しか分からず、ほとんど何も漏れてこないから(風呂場と違って、ここのメンテナンスは余程良いのでしょう)真相はわかりません。でも、意地悪されるなんて-----そんなことはないでしょう。

無反応のもう一つの理由を聞いて、唖然となりました。投書箱に何を書いて入れても、その意見は誰も見ないというのです。「ちらっと見て、すぐ紙屑籠に放り込むだけよ」
「苦情係り」に言っても、ふんふんと言って聞いてはくれるけど、右の耳から左の耳に音が抜ける頭の構造らしく、聞いたことさえ覚えてない!

みんな諦めてしまっているのです。何を言っても何をしても無駄だ、と。

入居したての頃は張り切って、ここをこうすれば、ああすればと投書したり、ホーム長へ文句を言っていた私も、今では何もしなくなりました。やっとここの住民らしくなれたわけです。しかし、すでにブラックリストの天辺付近に名前が載ってしまったのは間違いありません。

28. キャラウエイ 鳥の巣箱だろうか 
アメリカ南部の植物園にあった鳥の巣箱
あの一つにひっそりと住む
私は鳥になりたい

避難訓練

ある日、「これから避難訓練をします。指示に従って行動して下さい」という声がスピーカーから流れました。その年の3月11日には大地震があり、私は元のマンションで1人ウロウロ経験をした直後でしたから、「老人ホームという所はさすがしっかりしている」と感激し、普段の不真面目な性格を捨て、真面目に参加することにしました。
「今、揺れがきました! テーブルなどの下にもぐって下さい!」
潜りました。30秒もしないうちに、
「揺れが止まりました。非常口から避難します。各階の非常口に集まって下さい」

廊下に出て5階の非常口の前に行きました。5階には10部屋あります。ご夫婦もいますから人数にすると12人です。ところが、集まったのは3人だけでした。それに、非常口には鍵がかかり、出ることができないのです。窓から、しとしと降っている雨をぼんやり眺めていましたが、みんなで「帰ろか」と言いだした時、スピーカーが言いました。「これで訓練は終わります。ありがとうございました」
その声とともに、車椅子に乗せた老人を息せき切って運んできたヘルパーさんが到着しました。彼女が鍵も持っていたのです。老人を車椅子に乗せるのに手間取ったのでしょう。みんなシレッとした顔で部屋に戻りました。「雨だったからね」という人がいましたが、雨の日は訓練としては最高の機会だったのです。あの車椅子の老人を、どうやって雨の中、階段の下まで運べたか私は見たかった。無理じゃないでしょうか。地震は、天気予報を見て「今日は雨だから行くのはやめてやろう」などと言うほど親切ではありません。今日の訓練は、どこかへ出す報告書に「訓練実施済み」と書くためにやったのでしょう。


その後、もう一度、避難訓練がありました。今回は消防車まで来る本格的なものでした。今回も非常口でもたつきましたが、それでも一同列になって狭い石の非常階段を降りました。ところが、途中で動けなくなった人がでたのです。行くも戻るもできない。それに続いて降りていた人も、誰も動けない。4階辺りの階段に団子になってもがく姿を下から見上げていたホーム長や消防署員はどう見ていたのでしょうか。やっと下にたどり着いた時、消防署が言ったのは「よくできていた」と言う意味の言葉。ホーム長は「いろいろ問題点をしっかり見ました。これで訓練を終わります」。
周囲の人たちに「はい、これでみんな死んだね。おわり!」と言って苦笑させ、さっさと帰りました。消防署も消防署なら、ホームもホームだ。双方に真面目さが全く感じられない。私には、「訓練実施済み」という文字が欲しくてやった茶番劇に見えました。

ホーム長は「問題点を見た」と言いました。もし、これが真面目な訓練なら、解決策が立てられなければなりません。それをやったかどうかは、次の訓練で分かるでしょう。私は期待していませんが。


黒雲
私の胸に、このホームに対する不信感が湧きました。
この突然の黒雲は消えるでしょうか。広がって真っ暗になるのでしょうか

「大変な人」と共に

まだここに入りたての頃のことです。
この建物は10階まであり、エレベーターは三台並んでいます。
一階でおばあさん(私もオバアサンであることを一時忘れて下さい)と一緒にエレベーターに乗りました。そういうときには、元気な人が降りるボタンを仕切ります。
「何階ですか?」   「一階」
「はあ? ここ一階ですけど」  「いいんです」
 ???
登りのボタンを押し、私は自室のある5階で降りました。
おばあさんを乗せたままエレベーターは上がっていきました。はて、何階で降りたやら。

お風呂からの行き帰りにも、エレベーターを使います。時間差で夕食に行く人と一緒になります。
私は洗面器やタオル等の道具を持って、乗っていました。
途中から乗ってきたおばあさん(別の人)が聞きます。
「入浴ですか」「ええ」
「何で?」 さあ、大変だわからない。何でと理由を聞かれても………。
「飛行機で?」 ハッとひらめきました。「そうです。そうです!」
一階で私はそそくさと降りました。「入浴」は「ニューヨーク」だったのです。どうするとそういう風にこんがらがるのかわからないけど、あちらは納得したようだからよかった。どうやら「大変な人」らしい。
「大変な人」。ここでは認知症の人をそう呼びます。勿論入居者の間だけでです。

そういうことにあまり度々出会うと、疑問がわきました。ここは完全自立が条件で入るはず。どうしてこんなに多いのだろう。
ちょっと考えれば、理由はすぐ察しが付く簡単なものでした。入居時70歳だった人が15年以上も経てば認知症になる人が出てきても不思議はありません。いずれは増える認知症、寝たきり老人。新しい入居希望者の中から介護施設の不備を指摘する声が上がると、「すぐ介護棟を建てる準備ができています」という説明があったとか。早く落ち着ける部屋に入れてあげてください、可哀そうです、と私は言いたい。介護棟ができる様子はありません。

また、老人ホームに入居した途端、認知症になったという話は実によく聞きます。老人は変化に弱いのです。順応性がないのです。その上、今までやっていた簡単な家事まで取り上げられてしまう。「ご自分で腕を奮って食事の支度ができるよう、キッチンもあります」と説明書きに書いてあっても、見ればたった一口の電気コンロに小さな流し。料理を作らせずに食堂で食べさせるのが狙いだとすぐわかります。こんな所で腕を振るったら、あちこちにぶっつけて骨折するわい! 

可哀そうなのは、それらの老人だけではありません。彼らと一緒に生活し、その様子を四六時中目にしていなければならない自立者も、実は「大変」なのです。自分の将来の姿が目の前に突きつけられている。ここで、私は「未来」という文字と「希望」という文字を失いました。時に何か始めようかと奮起しても、どうせ私もああなるんだ、それももうすぐ、と思うとやる気はサーッと引いていき、何をする気もなくなってしまう。

数カ月の内に痩せこけて、誰だかわからないような容貌になっていく人、わけのわからないことを言い出す人、そういう人たちを見るたびに食卓の一同も目を見張ります。
「あんなに急に変わるものかねぇ」
そして、口をそろえて言うのです。 「ああ、早く死にたいねぇ」

でも、ご心配なくね。その言葉のすぐ後に、どこそこのホウレンソウは放射能があるから買わない方がいいよ。うん、うん、気をつけようね。
みんな本当は生きたいのです。死ぬまで頭もしっかり、体もしっかりの状態で死にたいのです。



階段
人生の階段は上が見えないほど長い
まだ上に続きがあるんでしょうか
私としては、ない方がいいのですが

伝言ごっこ

ある朝、誰かに「ボロベアさん、Kさんと仲良しなんだって?」と聞かれました。

「ええ。でも2、3度お話しした程度ですよ」

「あら、嘘! この前、手つないで歩いてたって聞いたわよ」

あら、嘘! 驚きました。どうするとそんな話が出てくるんだろう。

Kさんはスラリと背が高く、背筋をピンと伸ばして歩く姿は宝塚の男役のよう。ハキハキ物を言う人です。相性のいい人は、最初の出会いの時にピンと感じるものだとよく言いますが、ちょっとした会話から、お互い相性の良さを感じた後、出会うたび(「すれ違う度」という意味です)に「元気?」「ヘルペスが痛いのよ」「じゃ、いい薬知ってるから教える」程度の会話があっても不思議じゃないでしょう。それが「手をつないで歩く仲」なんだから、もう!

そういえば、私が喜んで聞いていた牢名主の話は、大抵この手の噂話だということに今更のように気が付きました。「こうなんだってさ」が実に多いのです。伝聞です。同じ話の内容が毎日のようにコロコロ変わります。一つのことでも、聞かせてくれた人が違うとどっちが本当か分からなくなる。仕方がないから自分で考え、我が道を別の人に知らせるということで中身が変わっていくのです。

 

「ベアとKが手をつないでいた」は、誰かが私とKさんが親しげに話しているのを見た、から始まって、どんどんエスカレートしていき、最期にああなったのでしょう。

伝言ゲーム。人から人へ次々に耳打ちされてきた話は、最期の人が聞いた時には最初の人の話とまるで違うものになっていた。

これだったのです、よそよそしさの原因は。 話の種にされるのが怖い! だから人のことは話しても、自分のことは話さない。牢名主とサンボママでさえお互いの電話番号も知りません。自分の部屋に人を入れない、別の階の廊下を歩くことさえしません。「どうして5階の人が6階にいるの? 誰の所へ行くんだろう」これだけで、話は出来上がるのです。別にホームが作った規則ではありません。自然発生的にこうなったのです。


私は恐怖を感じました。この食卓の3人も私が話したことを触れまわっているのだろうか。姑は、いつも「私は人の話は他ではしゃべらないから」と気取っているけど、噂話に耳を傾ける熱心さは同じです。

 そこで、私はその信頼度を試す意地悪をしかけました。姑だけに、「私には本当は息子がいるの」と囁いたのです。すると、その晩、お風呂へ入った途端、「泳げば」の人に聞かれました。
「あんた、子供がいるんだって?」

Kさんに廊下ですれ違いざま、「リンゴ食べる?」と聞かれました。「食べる食べる!」

「じゃ、6階のエレベーター前の椅子で待ってて。持って行くから」

リンゴ一つ渡すのに、この気の遣いよう。人にものをあげるのも特別行為なのです。

その3日後、Kさんは忽然とこのホームから消えました。退去したのです。あのときには、もう荷造りも済んでいたでしょうに、一言の「さよなら」も言わずに。 どこへ移るのか人に知られないためには、誰にも話してはならぬ。私も信用のおけない1人の入居者でしかなかったのでしようか。悲し過ぎます。だから、あのリンゴは、無言の「さよなら」だったのだと無理に信じています。


80歳も後半と見える新入居者のおばあさんが、1人エレベーター前に座っています。エレベーターが来ても乗りません。ただ、その細い体を縮めているだけ。

「どなたか待ってらっしゃるの?」

「いえ、誰かお話できそうな人に会えるかと思って」

私は、その隣に座って言いました。

「寂しいですねぇ」
「ええ」と彼女。それから呟くように続けました。「こんな風だと思わなかった……」 
 


  噂話

サークル

このホームはクラブ活動に関しては豊かで、フラダンス、カラオケ、太極拳、歌の会、手芸の会、囲碁将棋の会などいろいろあったので、私は片端から一度は参加してみました。

太極拳や体操の会は、お年頃にピタリですから参加者も多いのですが、他は、パラパラと十人程度がやっと。いずれも興味もわかず、一度でやめました。

どうせこんなことだと思った。期待したのがバカだった。

しかし、例外的に心を躍らせて参加したものが実はあったのです。「歌の会」。子供の頃から歌うことが好きでした。でも、マンション暮らしに入って20年以上、声を出したことがない。ここでは、少なくともそれができるでしょう。多分、女学校時代の歌なんかが中心だろうけど、歌えば懐かしい気持ちも湧き、心は弾むだろうとと。

そして、手渡されたのが「今日のプログラム」。なんと一番最初が「明治節」とあります。 え~! なに、これ。 私のおばあちゃんの時代の歌じゃないの?

「あたし、知らないわよ」と隣に囁くと、「え? 知らないの?」と驚愕の声が上がりました。隣の隣も加わって「みんな知ってる歌よ」と呆れ顔がズラリ。他にも軍歌などが並び、みな楽しそうに歌っています。私の知っている歌もあります。でも………「明治節」で折れた心は、元に戻りませんでした。何か違う。集まった顔ぶれも何か違う。これも一度でやめました。

このようにして、友達探しをしているうちに、妙なことに気が付きました。ここでは、食事時以外、ほとんど人と会話をする機会がないということです。食事の後、例の仲間たちのさっと解散する呆気なさ。食卓を離れた途端、縁が切れるのです。サークルの後も同じです。パーッと素早くエレベーターに乗ってみんな消えてしまう。すれ違っても、近所のおばさんと挨拶するのと同じ。

「お買いもの? 行ってらっしゃい」「行ってきます」

ですから、一緒に買い物に出るということなど、まずありません。近くの同じスーパーへ行くと分かっていてもです。下駄箱辺りで顔を合わせると、適当に時間をずらせて、別の道を通って行ったりします。

出かける時の服装も大変。マスクを掛け、目深に帽子をかぶり、サングラスをかけ、これから強盗でもしに行くんじゃないかと思われるほど怪しい格好です。その正体を見破っても親しげに声など掛けてはいけません。「あの人ったら、××さーん、なんて名前呼ぶんだもの、嫌んなっちゃうよ」

私も、買い物に誰かと一緒に行くのは避けたい方だから、スーパー行きの変装については、わからないわけではありません。安物を掘り出しているところなんか誰にも見られたくありませんものね。


でも、このよそよそしさは異常です。
どうして長年一緒に暮らし、慣れ親しんできた人たち同士が、こんななのでしょう。


ongaku 
この人たち、お友達じゃないんです
こんなに楽しそうなのに


プロフィール

borobear

Author:borobear
父が婚約者の母に贈ったイギリス製の熊。昔はピカピカに可愛く輝いていたのに、今や薄汚れてボロ熊に。私も老人ホームで薄汚れ。同じボロなら居直って、なりふり構わず踊らにゃそんそんという具合に、仲良く生きています。

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